ガラガラ、ぴょこぴょこ。

カートは最初新妻くんが持つと言ったが言うとおりにさせたら五メートルほど突っ走ってくれやがったので全力疾走で止めた。一回やってみたかったんです! ひゃっふー大疾走! まったく反省しない子どもからは卵の入ったカートを速攻で取り上げた。

俺が押して新妻くんがうしろをついてくる。時おり勝手にカゴの中に菓子やらなにやらを詰め込んでいるが、売り場にもどしてきなさいと何度も叱るとすこしは学習したのか、五個まではゆるしてくださいと上目遣いに頼んできた。多少ぐらついたが情には流されず、雄二郎からあずかった食費の入った封筒にぎりしめ、おやつは三つまでだと言い渡す。しばらくしゃがみこんでしゅんとしていたが、そのうち立ち直ったのかいそいそと菓子コーナーに走って行った。(ああ待て走るな! 俺はこの年で迷子センターのお世話になるのはごめんだぞ!)

首に縄でもつけてやりたいがさすがにご近所の親子連れに変な目で見られるのも勘弁だ、服の裾にぎらせ離したらおやつを一個ずつ減らすぞと脅すとさすがに新妻くんはおののいて、大人しくついてきた。まったく最初からそうしていろと思った。


食事や買出しは主に中井さんの担当で、中井さんのいないときは雄二郎がてきとうに買ってきていたが、あいにく今日はどちらも都合があわなかった。そのせいで俺が借り出され、おなかすいたギャースギャースさわぐ欠食生徒を一人連れだだ広いスーパーをうろうろして、今にいたる。幼児を連れ夕飯の買い物をする主婦の気持ちが痛いほどによくわかってしまって切なくなった。

ちゃんとついてきているかたびたびうしろを振り向きながら歩いていると、精肉コーナーで新妻くんが俺を呼んだ。なんだと見やれば口からよだれでも垂らしそうな勢いで新妻くんは言う。

「福田さん福田さん、僕コロッケ食べたいです! コロコロコロッケ!」
「コロッケ? ふーんそうか」

健全な男子高校生の食の欲求は時にゾウのそれをもしのぐ。それくらいの我がままなら聞いてやっても罰は当たらないだろう。というか、ひもQともぎもぎフルーツを両手に掲げ十数分悩まれたことを考えれば、夕飯にコロッケを食べたいなんて、なんて高校生らしい要求だろう、(じろじろ見てくる小学生の視線の痛いこと・・!)いっそ感動めいたものさえ浮かんでくる。俺はカートをひるがえし、惣菜コーナーに歩いて行った。

すると、途中で行き先に気づいた新妻くんが俺の袖をぐいと引く。

「えー! お惣菜です? 僕福田さんの作ったのがいいです!」
「はァ? おまえスーパーのおばちゃん舐めんな、おばちゃんはなあ毎日顔も知らないガキの笑顔のために一生懸命コロッケ作ってんだぞ!」
「おばさんじゃないです今奥に入ってったのおじさんです!」
「どっちでも関係ねえだろ、人間は男とか女とかで区別するもんじゃねえ!」
「福田さん言ってることめちゃくちゃです、おじさんでもおばさんでもどっちでもいいから、僕福田さんのコロッケが食べたいです!」
「おい待て俺に中井さん並みの料理スキルがあると思ってるのか!」
「大丈夫ですおいしくなくても我慢します!」

(なんなんだそのキラキラした目は・・・! 天才ってやつは自分の目にまでトーンを貼れるのかちくしょう!)普段は食事になにひとつ頓着しないくせに、新妻くんはやけに今日はこだわった。

気がつくと周りにはいつの間にか小さな人垣ができていて、俺は慌てて、調味料売り場のポールにしがみつく新妻くんの学ランを引っ張った。

「ちょ、おいあんまり困らせるな、いいかげん駄々こねてねえで行くぞ、」
「いーやーでーすー! 作ってくれるって約束してくれなきゃ動きませんー!」
「(! あーもーくそ、)わかった、わかったから行くぞほらはやく!」

え、ほんとです? あっさり抵抗のゆるんだ新妻くんを抱えてスーパーを疾走する。途中でソーセージを売るおばちゃんににらまれたが気づかなかったふりをした。(ああこれじゃ走るななんて大声で言えたぎりじゃねえ、)

* * *

「・・・新妻くんもうスーパー出たんだから裾離していいんだぞ」
「コロコロコロッケふっくださっんのー♪」
「(・・・・・・からし入りでも混ぜてロシアンルーレットにしてやろうか?)」



(2009.0616)