東口がわからない。おろおろ、右往左往、しばらくきょろきょろしていたのに人があっちへこっちへ流れていくせいで、どっちがどっちかわからない。じわりうるり、一年住んでもまだ、慣れない都会、こわい、こわい。夏の未だ残る熱気、人の波に揺れて僕を押し潰そうとしているような気がした、こわい、都会、こわい。(こうなったら最終手段です!)

キオスクの新聞のとなり、しゃがみこんで携帯をとりだした。最近ようやくメールの打てるようになった携帯、のろのろと、小さなボタンをぽちぽちり。たすけてください新宿です! 打ち終えて両手、電波よさげな方向に向かって突き出す、送信!
(はやくはやく、来てくれますよーに!)

十六時十三分『すぐ行く待ってろ』
十六時三十二分『どこにいる』
十六時三十五分『キオスクなんざどこにでもあるだろーが! 何口だ』
十六時三十六分『たぶんわかった、ぜったい動くな待ってろ』

そうして最後のメールから一分後、息せき切らし、やって来た。僕は見慣れた帽子にシャツにジーンズにまで感動し、福田さんに飛びついた。ふくださあああん! ぎゅうぎゅう、抱きつくと行き交う人々が一斉に、ちらりとこっちを見る。僕は気にしなかったけど福田さんが離せ離せと怒るからしかたなく離した。キオスクのおばさんを気にしながら福田さんは僕を道の隅に寄せる。肩で息をして、ひたいの汗ぬぐってしかめっつら、なんの用だと聞いた。そこで僕ははっと思い出す。

「東口! わかんないです、画材買いに行きたいですケド、僕人混みこわいし道よくわかんないです」
「っじゃあ、なんで、一人で来たんだよ・・!」
「! そういえばそうでした!」

くたり、膝からへたりこんで福田さんは頭を抱えた。大丈夫です? 聞いたら、おまえのせいですと怒られた。(僕がわるいです?うーん、)

「じゃあ今度からはもっとはやく福田さん呼びます。だから来てください」

ね? 聞き返すと福田さんは顔を上げて、すごく恨めしそうな顔をしてから小さく、本当にわかるかわからないかの角度、うなずいた。福田さんの、表面は面倒くさがっているけど僕のこと見捨てないでいてくれるところが僕は好きだった。
にこにこ、うなずいてくれたのがうれしくって笑っていると福田さんは立ち上がり、そっぽを向いて、手を差し出した。

「? なんです?」
「っなんですじゃねえ、察しろ!」
「さっする・・・? うーん・・?(ハンドパワー? それともマジックでもするです?)」

首をひねりひねり、考えていると福田さんは業を煮やしたように声を張った。

「ほら、手!」
「て?」

どうしたいのかわからない。僕がそのままでいると福田さんはじれったそうに、ぐいと僕の右手を乱暴に取った。つられて歩き出してようやく、つなげという意味だったのだとわかった。一応お付き合いはしていたけど、手なんて繋いだことなかったから想像もつかなかった。初めてぎゅうとつないだ福田さんの手は固くて、僕より一回り大きくてそれでひどく熱かった。(あつい?)

ちらりと、前を歩き人混みかきわける福田さんを見やる。前を見ているからその顔は見えなかったけれど、長い髪のあいだからのぞく耳は、真っ赤に染まっていた。

「・・・・福田さん、もしかして照れてるです?」
「っ! ば、バカ言うな! だれがてっ、て、手ぐらいでっ、照れるか!」

俺はお前とちがって大人だっつーの、とか、ぼそぼそ言うのに僕は笑ってしまった。

「へへ、福田さんなんか、かわいいです」
「うっせ! ・・・ちゃんと、つかんでろよ。離したら、置いてくからな」
「はいっ!」

(福田さん、福田さんいると安心します。人混みこわくないです、・・・いつも甘えちゃってごめんなさい、いつでも甘えさせてくれて、ありがとです)


(2009.0620)