インターフォンを押しても返事はなく、仕事場に入ってみても姿はない。けれど家の鍵は空いていた。手にしていたコンビニの袋取り落とし、俺は顔青くして家の中を走った。(やべー空き巣だったらどうする・・! くそ、新妻くん無用心だからな・・・)作業部屋、アシの寝室、物置通って、それから廊下に出る。めったに入らない新妻くんの部屋のドアを開けて、俺はは、と息を吐いた。

「・・・なんだ、新妻くん、いたのかよ」

家主の性格をよく表したごちゃごちゃの、足の踏み場もない床の向こう、窓際のベッドには見慣れたスウェットが寝転んでいる。俺の声にぴくりと揺れて、ごろん、身体ころがし新妻くんは振り返った。寝癖がくしゃりとはねる。弱々しい声で、新妻くんは俺を呼んだ。

「福田さん・・?」
「おはようございますもう夕方だけど新妻先生お学校はおサボリなさったんですか」

からかうと新妻くんは憤慨して、ちがいますちがいますと声を上げた。俺は初めて違和感に気がついた。いつもなら身体全体でぎゃーぎゃー感情表現する子どもが、今日は大人しく、ベッドに転がっている。奇妙だ。具合でもわるいのかと尋ねると新妻くんは声をひそめ、言った。

「福田さん聞いても悲しまないでください泣いちゃわないでください。僕、・・・・僕未知の病かもしれないです」
「・・はァ?」
「っほんとですほんとなんですー! 起きたら首が動かないです、ギシギシするです、僕はこのまま身体中がギシギシになってしまうにちがいありませんマンガも描けなくなってしまうにちがいありません一大事なんですー!!」

頭はほとんど動かさず、口だけで大声、叫んでみせる。膝が崩れ落ちるのを堪えるのにはなかなか精神力が要った。磨り減る精神を振り絞って声を出す。

「・・・いやそれ、寝違えただけだろ」
「ネチガエタ?」

何語です? 思わず首を傾げた新妻くんの表情はぴしりと固まった。数秒後、脂汗とそして、悲鳴。合掌。

(・・・・・あちゃー)


どうやらかなりの重症だった。左も右も、すこしも、動かないらしい。起き上がることはいくらかできたが、とても動き回れる状態ではないから学校には行かなかったそうだ。

あんまり騒ぐので備え付けの薬箱から湿布を持ってきて貼ってやったがあいかわらず痛い痛いとわめいている。何日かすれば治るからと言えば、何日って何日です? いつ治るです?のエンドレスループ。しまいには転がっていたクレヨンで壁にネームを描こうとしたので慌てて止めた。ふくださあん、情けない目がうるうると見上げている。(いやいやいやその目はやめてくれしかもおまえベッドなんかにいやがってくそ、誘ってんのかこのやろう、襲うぞコラ・・!)揺るぎそうになる自制心、なんとか持ちこたえ、氷をビニール袋に入れて首の下に置いてやった。すると動揺を越え悲しみを過ぎどこか据わった目で、新妻くんは言った。

「・・・福田さんがこんなにやさしいなんて珍しいです、僕はきっと末期のネチガエタです・・・」
「んなもんに末期もクソもあるかよ、明日んなったらどうせぴんぴんしてるって」
「ふんだ、明日なんてだれにもわからないですー」

完璧に拗ねている。唇をぎゅうと結んでベッドの上、横になったまま膝を抱えていた。(ったく手のかかる、)湿布の袋の裏、注意書きを読みながら俺は言った。

「わかった新妻くんまじで動けなくなったら俺が一生介護してやっからもーうだうだすんな」
「え、・・・・え、え!? それ、ほんとです?」
「おう生涯面倒見てやるよ(どーせすぐ治るだろうし。・・・肌の弱い方は使用注意? 腫れたりしねえだろうな・・?)」

新妻くんはきゃっきゃきゃっきゃ喜んでいる。福田さん大好きですだの僕プロポーズされたの初めてですだの(いや俺はプロポーズはしてないが、)ひとりで騒いでいた。(・・・ちょろいな)


数日後また仕事場を訪れると新妻くんは首にぐるぐる、ヘタクソな包帯を巻いていた。なにしてんだと剥がせばぎゃーぎゃー怒った。ネチガエタままでいたら福田さんずっといてくれます! 大きく首を縦に振って自信満々に言う。アホか、元気な頭、ひっぱたいた。湿布くさいのも我慢したのにとぶつぶつ言いながら新妻くんはすこししょんぼりしていた。(世話のかかる・・・)

(包帯なんてしてなくても、来んなって言われても俺、そばにいるつもりなんですけど!)


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自分が数年ぶりに寝違えたので書いてみました
エイジはきっと朝起きておろおろおろおろするよ


(2009.0625)