僕雄二郎さんが好きなんです。
今日の夕飯はハヤシライスなんですというくらい自然に、新妻くんは言った。突然すぎて俺は返事さえできなかった。中井さんがいなくてよかった、おどろくくらい間抜けな顔を見せずに済んだ。(いや多分中井さんがいれば新妻くんだってそんなことは言わなかったのだろうけれど)

言葉失う俺に新妻くんは変わらぬ平坦なトーン、さらりとつづけた。

「だから福田さん、僕とセックスしませんか」

なんだそれは一体どういう意味だ大体セックスとかお前意味わかって使ってんのか、とか、言いたいことが多すぎて、集約なんてとてもできない。答えない俺に、仕事机、背を向けていた新妻くんはくるり振り返った。

「するですしないです?」
「・・っ・・・・・なんなんすかいきなり、脈絡とかそういうの、ないんすか、」
「練習しておいた方がいいのかなと思って」


だって雄二郎さんとするとき困るでしょ。
1+1は2に決まってるでしょというくらい自然に、新妻くんは言った。俺の気も知らないでと、泣いてしまいたくなった。

声が喉に張りついて掠れた音になる。新妻くんはすこし待っていたようだったが、ふらりと立ち上がって俺の横をするりと通りすぎた。

「僕部屋にいますその気になったら僕が寝ちゃう前に来てください」

パタン、ドアの閉まる音がしずかな作業部屋、やけに響く。気がつくと手元の原稿にはボタリとインクをこぼしていた。胸の内に広がる波紋のように白い紙に染みていた。


新妻くんが好きだった。
出会った当初はなんだこの生意気なガキはと思ったのにいつのまにか、妙に庇護欲をそそる、手のかかる駄々っ子にはまりこんでいた。俺がいないと料理ひとつ作れない新妻くんが、困ると時間も気にせず俺を呼ぶ新妻くんが、好きだった。

恋人とかそういったものがいないのは知っていたからあわよくば、なんて、考えていた矢先だ、なんて強烈な先制パンチ。

涙も声も出ねえのに、性欲って湧いて出るもんなんだなすげーわ人間、ぼんやりと、新妻くんのスウェットに手をかけながらそんなことを思った。真正面から失恋しても十九歳、好きな相手にセックスしませんかなんてストレートに誘われて拒めるはずもない。ときどき思い出したようにぎりりと痛む胸を押し隠し、俺は白い裸身に沈んで行った。


男を抱くのは初めてだったが、女とするときとそう勝手は変わらなかった。身体を重ねてみればやはり興奮したし、新妻くんも気持ちよさそうにびくびくと震え喘いでいた。練習だなどと言っていたけれど雄二郎の名前を呼ぶこともなく、俺は内心でほっとしていた。そしてそんなことすら気にする余裕もないほどに、目の前のいやらしい身体にのめりこんでいた。裂くような痛みを抱えながら新妻くんの中に吐精すると、新妻くんはあ、あ、と引きつった悲鳴を上げ手足を突っ張らせた。組み敷いた身体の跳びはねる寸前、聞こえた短い言葉に唇を噛み締めた。


(俺に、俺に向けられたものだったらよかったのに)


福田さんが好きだった。
出会った当初は他の人と同じ、ただの他人でしかなかったのにいつのまにか、口の悪い世話焼きのアシスタントにはまりこんでいた。見てくれはよくないけどおいしい料理を作ってくれる福田さんが、けむたがっても結局は面倒を見てくれる福田さんが、好きだった。

恋人とかそういうものがいないのは知っていたけどでも、好きだと言う勇気もなかった。数ヶ月、赤ちゃんよりもすくすくと育っていく感情ただずっとずうっと、もてあましていた。この前とうとう福田さんの夢で夢精した。トーンを貼る指先にさえむらむらした。

だから、もうどうしようもないからあんなしょうもない嘘をついた。福田さんはひどくおどろいた顔をしていたがベッドの上、僕が震えながら待っているとゆっくりとやって来た。うしろから無言で抱きしめてそれで、僕を抱いてくれた。乱暴にしてもいいですと言ったのにたぶん、とてもやさしく僕に触れてくれた。触られたところから熱を持って、痛みを孕んで切なくなった。

抑えるつもりだったのに、好きと言ってしまった。(・・・失敗、です)おかげですうすう、寝息が聞こえたときには涙が止まらなくなった。言葉にするといやでも感情が大きく、大きくなってしまう。うしろで眠っているのを起こさないようにしずかにしずかに、泣いた。

(――福田、さん、)

我慢する吐息ものしかかる重みもただ福田さんのものであるだけで心地よかった。僕はばかだ、あんな嘘なんてつかなければよかった、もっと、もっともっと福田さんが欲しくてたまらなくなってしまった、ああ、ばかだ。

(素直に好きだとただひとこと、言えればいいのに)



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対句とか、考えるんですけど考えれば考えるほどわからなくなる
個人的にはエイジはもっと性にオープンな子だと思います
たまにこういうトーンの話が書きたくなる


(2009.0627)