まだ、続いていた。
秋が終わり冬を越えて春がきてもまだ、俺と新妻くんの不定期で不自然な行為は続いていた。

どちらから続けようと言ったわけでもないがぐだぐだと、言葉もないまま獣のように、することをして、換気にすこしだけ窓を開けて眠る。新妻くんは最初の一度以外は決して好きだとかそういうことを言わなかったし、俺だってもちろん口にはしなかった。

愛とかそういった感情の一切のない単純な行為に疑問を感じないわけでもなかったが、俺はそれに気づかなかったふりをしていた。好きな相手には他に好きな男がいて俺はその身代わりでしかないということも、わかっていたが目を背けていた。いつかくる終わりの日を背に感じながら乱暴に、腰を打ち付けていた。


俺にはすこし小さいベッド、軋ませながら身を起こすとむこうで話し声がする。中井さんか雄二郎か、どちらかが来たのだろう(雄二郎じゃないといいが)と思いながらのろのろと、しわくちゃのシャツに腕を通す。(あー寝すぎた、新妻くんの寝顔逃しちまったぜちくしょー)履き直したジーンズはだるい身体に重かった。

ついてない、ドアを開けて思った。朝から雄二郎か。露骨に顔にも出ていたのだろう、雄二郎は俺をにらんで言った。

「キミねえ人の顔見るなりそれはないんじゃないの」
「雄二郎さんこそ人の顔見るなり嫌味はないんじゃないすか」
「っとにかわいくない・・!」
「人のこといえないでしょ」

さわやかな朝の挨拶を交わしてすたすたと冷蔵庫。ひどく腹が減っていた。昨日の晩の残りがあった。作業部屋で食べるのも気が向かない、アシの寝室でも借りるかと思ってふと目線をやって、俺は固まった。

雄二郎と新妻くんが、打ち合わせをしている。ただそれだけ、それだけの光景だ。抱き合っているわけでもキスをしているわけでもなんでもないただしゃべっているだけ。それなのに抉るような、刻むような傷心臓にまたひとつ。出血多量なんてとっくに越えてる俺の心臓、またひとつ新しい傷をつけた。(新妻、くん)

空腹はもう感じなくなっていた。食欲は微塵もなかった。ここにいればどす黒い嫉妬でおかしくなりそうでなにも言わず廊下に出て、新妻くんの部屋にもどった。ドアを開けた途端に包む慣れた匂いにむせそうになった。ずるずると、ドアにもたれ座りこむ。だめだ雄二郎がいるあいだはだめだ、きっとかわいそうなペン先をむだにしてしまう、あいつが帰ったらネームに手をつけよう、そんなことをぐるぐると考えていた。数か月分の鬱屈が背にはのしかかっていた。


コンコンと、軽いノックが背中を伝ったのはどれくらい経ってからだろうか。気がつくと座ったまま眠ってしまっていた。乾いた喉で返事をすれば新妻くんだった。大人しく身体をずらすとゆっくりと、ドアは開いた。

「あ、福田さん、雄二郎さん怒ってたですよ? どうかしたです?」
「・・・べつに、今、行くし。・・・・雄二郎は?」
「帰りました」
「そっか、」

うなずいたが、新妻くんが作業部屋にもどる気配はない。まだなんかあんのか、見上げて聞けば新妻くんは首を傾げた。

「福田さん、なんか、元気ないです?」
「っ、べ、べつにんなことねえよ、寝起きだから、その、」
「福田さんの「べつに」は嘘だって僕知ってるです。うーん、やっぱり元気ないです、じゃー僕から元気の出ちゃうおまじないです、」
「へ、」

すっとフローリングにしゃがみこんだ新妻くんは何の迷いもなく膝立ちで一歩二歩、そうして倒れこむように俺に飛び込んでぎゅうと、背中に手を回した。もう片方の手は帽子を被っていない頭をわしわしぐしゃぐしゃとかきまぜる。俺はおどろきにぽかんと口を開けた。新妻くんは邪のない声で言う。

「実家に大きな犬がいるですけど、こうやってあげるといつもうれしそうにするです、福田さんも元気出してください」

ね、と笑いかけてくるやわらかい唇を、俺は、容赦なく奪った。とつぜんのことに新妻くんはもがいたがそれすらも許さない。

数ヶ月厳重に厳重にかさねてきた感情のタガ、いま、外れた。

嫌がるのも気にせず噛み付くようにキスをする。乱暴に床に突き倒すとドアの横の棚に肩をぶつけた新妻くんが痛いとわめく。獣のように、呼吸さえ逃さぬように唇を食む。反抗はゆるさず欲望のままに。

ふと気づくと新妻くんは泣いていた。口の端は切れたのか、わずかに血が滲んでいる。雄二郎の名前なんか呼ばれたらいやだなと思った。けれど解放された唇、最初に呼んだのは俺の名前だった。(こんなことしたんだから、当たり前か)新妻くんは細く歪めていた目をそっと開いた。

「ふくだ、さん。・・・いたい、ですよ」

どうしてこんなこと、途切れ途切れに新妻くんは言った。俺はもう偽ることはしなかった。口をつぐむこともしなかった。数ヶ月の感情、吐き出した。

「・・・・好きなんだ」
「え、」
「好きなんだ新妻くん雄二郎なんかにやりたくねえ! 他の男に触らせたくねえ俺だけのものでいればいい、ずっと俺だけのものでいればいい・・!」
「!」
「っ好きなんだよ・・・・ちくしょう、」
「ふくだ、さ・・」

細い身体を抱きしめて、つづきは聞きたくないと無言で示す。新妻くんはしばらくとまどっているようだったがやがてぽそりと言った。

「福田さん、ごめんなさい」
「・・・それ以上、言わなくていい」

声は半分泣いていたかもしれない。情けない。言わなくていいといったのに、新妻くんは止まらなかった。

「福田さん、僕、雄二郎さんが」
「言うなって、」
「好きなんて嘘です、嘘なんです」
「・・・・え?」
「ごめんなさいごめんなさい、僕ずっと嘘ついてました。本当は福田さんが好きなんです、ごめんなさい」

ごめんなさい、ごめんなさい、くりかえしくりかえし、新妻くんはあやまった。ただ言う勇気がなかっただけなんですごめんなさいごめんなさい。いつまでも止まらないから俺が慌てて止めた。そしたら今度は好きです好きですと言って止まらなくなった。俺も止めなかった。新妻くんはぼろぼろに泣いていた。俺もちっとだけ泣いた。

どれだけ抱いても一度も満たされたことなんてなかったのにいまは手をつないでいるただそれだけで、心臓が揺さぶられるほどの感動だった。出血多量の心臓、はじめて絆創膏が貼られた。きっと明日からすこしずつ包帯が巻かれてゆくだろう。胸満たす感情の名前はたぶん、幸福と言った。

仮にも手先仕事の漫画家のくせに不器用な、不器用すぎた俺と新妻くん。ずいぶん遠回りをしていた。互いにすれちがって勝手に泣いたり喚いたり悩んだりしていた。ああ、くだらない、

(ひとことでこんなに世界は変わるじゃないか)



+++++++++++++++
続編書くつもりなかったんですがなんかカッとなって
個人的にはこういうただれた話の方が書きやすいです
だるだるした話でしたが読んでくれた方ありがとうございました


(2009.0628)