部屋に入るなりとことこと、やってきて新妻くんは上目に俺を見上げた。

「福田さんぎゅーってしてもいいです?」
「なんだよ急に、つうか新妻くん答える前にしてんじゃねえか」
「だっていいって言うと思ったです。・・・・ちがうです?」
「・・・ちがわねえけど」

文化祭の準備で疲れたです、いつになく低いトーンで新妻くんは言った。ああそういえばそんな季節かとぼんやり思いながら薄い背中に腕を回す。もぞもぞと身じろぎして新妻くんは俺の胸に顔を寄せた。前髪が開いたシャツの鎖骨にくすぐったいから荷物を床に下ろして、頭を撫ぜてやった。いやいやと首を振る仕草に笑う。

「なんだよ珍しく甘えてきて、」
「・・・疲れたですへとへとです、クラスの看板おっきくて絵の具どぴゃーでばびゅーです。楽しかったですケド・・」

肩凝ったですへとへとです、声にまで疲れがにじんでいる。絵が上手い新妻くんはそれは、この時期は引く手あまただろう。新妻くんのクラスはなにやるんだと聞けばお化け屋敷だという。花子さんスタイルの新妻くんを想像した。・・・・・かわいかった。
肩が凝ったと言っていたから首に手を回してほぐしてやれば、ひゃう、なんて声を上げて新妻くんはいやがった。

「くび、首は苦手です・・くすぐったいです・・・」
「なんだよ凝ったっつうから揉んでやろうと思ったのに」
「う・・うう、じゃあ、我慢、します・・・」

親指の腹で数度、首の根を押してやるとふるふる震えてぎゅうと目をつむる。おもしろくてぐ、ぐ、と力を込めていると目を開けた新妻くんがキッとにらみあげた。

「ふ、福田さんおもしろがってるですね!」
「あ、ばれた?」
「ふぎゅー!」

どんどん、グーが胸板を襲う。地味に痛くてごめんごめんとあやまり止めた。(せめてパーにしてくれよ、高校男児!)
ひとしきりじゃれてから、おでこをつかんでそろそろ仕事はじめるぞと俺は言った。いやいや、また新妻くんはわがままな仕草をする。そのむこうでは散らばった原稿用紙が早くトーンを着せてくれと呼んでいた。俺がため息をつくとすがって、新妻くんは言った。

「中井さんが来るまででいいですから」
「いつ来るかわかんねえだろ」
「もうちょっとですから、」

もうちょっとって、どれくらいちょっとだ、言いたくなったが新妻くんがぎゅうと俺のシャツをつかむので阻まれる。

「二日会わなかったから福田さん不足です僕はとっても疲れているです。福田さんはこころの栄養素です、光合成なのです」
「・・・植物かよ」
「福田さんいないと枯れるから同じようなものです」

不意にそういうことを恥ずかしげもなく言うのはずるいと思う。すーはーすーはー、声に出して言うのは反則だと思う。というかそれにものすごく心臓を鷲掴みにされている俺はもう末期だと思う。(福田さん補給ってなんすか新妻くん頬ずりとかはちょっとムラムラするんでやめてくれませんかまじで)

あきらめた俺は素直にドアに背を預けた。(というか俺のちっぽけな理性が新妻くんのおねだりに勝てることなんてほとんどないんだけど)
とりあえず中井さん、しばらく来んな。

(十分以内に来たら今日はずっと机の下で足踏んでやんぞ)


++++
光合成ってフォトシンテシスって言うんですって
素敵な響きですね


(2009.0704)