連載会議の結果にはたしかに落ち込んだ。ちくしょー雄二郎の毛根死滅しろとも思ったがもともと前向きな性格だ、すぐに立ち直った。

そうして年の暮れも近づいてきた日々、俺は自分よりむしろ、新妻くんの元気のないのに気がついた。シュピーンだとかズバーンだとか擬音はいつもと変わらないがその動作になんとなく、切れがない。時おり原稿から顔上げ、窓の向こうをじっと見ていることがある。話しかけてみても言葉尻はあいまいで、食事をいくらか残すことも増えた。

原稿が終わって、食事担当の中井さんもいないから何か買ってこようかと俺が言ったのに、食べたくないと返したから、俺は見かねてとうとう聞いた。

「新妻くん最近、なんかあったのか?」
「え?」

なんにもないですケド? きょとんと傾げた首をひねってやる。いたた! 慌ててもがく新妻くんに吐けと強要、するとようやくぽつりと言った。

「東京は、雪が降らないです・・・」
「雪?」

自分の中で鬱屈は降り積もっていたらしい、一言こぼすと新妻くんは氷結の溶けるように言葉をあふれさせた。

「青森はたくさんたくさん降ります。寒いけど、その分おこたでごろごろするのがとっても幸せです。あんまりお外には出なかったですけど、雪の日だけは楽しかったです、雪だるまたくさんつくって、つくりすぎて怒られたです。なつかしいです。・・・お家帰りたいです」

俺はそこでようやく理解した、十七歳のホームシック、考えれば自然なことだった。北で育った新妻くんには慣れない冬の温度が寂しかったのだろう。椅子の上しょんぼりと丸まった小さな背中は気の毒に思えた。なんだかいたたまれなくて、とにかく晩飯買ってくるからと言って701を飛び出した。


スケジュールから考えるに、帰省までは最低あと一週間はかかるだろう。一週間おなじ調子でいられたらきっと俺の胃が痛む。なにより新妻くんが気の毒だ。なんとかして元気付けてやれないものかと、冷たい風、上着の前を両手でしめて逃れながら凍りそうな頭で考えた。

パッとしたアイデアも浮かばないまま近所のスーパーに着いてしまった。しょうがない林檎でも買って行ってやろうかなんて思いながらふらりと自動ドアを抜けた瞬間、俺は立ち止まった。

(・・・・・あ、)

閃いてからは早かった。500円玉一枚レジにたたきつけてレシートはいりません! 晩の買い物をするOLの間を抜けスーパーを飛び出して、その箱を抱え寒さなど、風に氷柱をつくる鼻など気にせず急ぎ、駆け、走る。ゼエハアと白い息を、浮かべてはうしろに置いて行った。


急ぎ足で帰った701、新妻先生は音楽を聴きながらペンを走らせ、ふりむかずにおかえりなさいと言った。ただいまっす、短く返してパタン、冷凍庫を開ける。火照った指先にひんやりと冷気が染みた。製氷皿に触れる前にあわてて手を洗った。(風邪なんか引かせたらいけねえ、)

ほどなくして、出来上がった。ゴリゴリガシャガシャ、俺は音立てていたがヘッドフォンのむこうには聞こえていないようだった。原稿用紙に向かう肩をたたいてふりむかせると、新妻くんは目を丸くした。

「・・・・かき氷、です?」
「そうだ、氷だ」
「・・・・・・福田さん今は冬ですよ? 大丈夫です? わかってます?」
「シロップはないからカルピスかけた。食うか」

しばらく不思議そうに俺の手元と顔とを見比べて、それから不意にくしゃりと、笑った。

「福田さん僕のこと、心配してくれたですね。・・・うれしいです。雪、見られました。ありがとうございます」
「べ、べつに、礼、言われるほどのことじゃねえし、かき氷機、500円で年末処分だったから買っただけだから! っつうか! 早く食わねえと溶けるぞ!」
「はい、いただきます」

シャリシャリと、ひとくちまたひとくち、新妻くんはうまそうにうまそうに食べた。久しぶりに見た満面の笑顔に、俺はうれしくなった。福田さんも食べますか、差し出されたスプーンではなくその唇の滴をいただいた。薄味なのにひどく甘かった。一度のキスなのに新妻くんは目をとろんとさせ、もじもじとした視線を俺に送った。俺は笑って皿とスプーンを取った。

「全部食ってから、な?」
「・・・はい、」

* * *

「福田さん! 福田さん福田さん見てください! 外!」
「ん・・え・・・?・・・・・あ!」
「雪、すごいですたくさんです! キレーです!」
「う、うんうんそうだな、(俺昨日、頑張って削ったのに・・・・)」
「きっと福田さんのかき氷のおかげです! 雪合戦しましょうよ!」
「・・・・そうだな、負けねえぞ(喜んでるし、まあ、いいか)」



++++
これすごく書きたかった話なんだ・・!
福田たんはエイジのためなら平気で全力疾走!


(2009.0710)