インターフォン押しても部屋に上がりこんでも奥の半纏が身体を反転させることはない。アシの姿も今日はなく、あいかわらずひとりジャカジャカヘッドフォンして両腕が踊っている。

背後で乱暴に冷蔵庫漁っていても振り返らないのは毎年のことなんで気にはしない。ただ俺以外の相手の前でももしやこんな調子なんだろうかと薄い苛立ち、危機感が募るていどだ。(じっさい改めろと言ったところできかないに決まっているから、俺ももう言わないけど)

数年前までは俺の机だった場所の荷物をそそくさとどかして買ってきたチキンやらケーキやらを並べる。今年は成人を過ぎた新妻くんにシャンパンも買ってきた。とりあえず料理を置いただけ、味気ないクリスマスだが毎年これだけで新妻くんは喜ぶので、なんというか可愛いもんだと思う。

笑いながら、いつの間にかすこしがっしりとした肩をたたくとようやく新妻くんは振り返った。プギャ! 福田さん!? 目をぱちぱちさせて驚く頭をガシガシ撫ぜると新妻くんはいつ来たです?とかいるなら声かけてくださいと怒っていたが、そのうちどうでもよくなったのか俺の腰に乱暴にしがみついて頬を押し付けてきた。犬みたいな愛情の伝え方をする恋人が、俺は好きだ。

しがみついて離れないわんぱくをなんとか剥がしてアシの机に引っ張っていく。ろうそくまで立てられたショートケーキに二十歳は飛び上がってよろこんだ。

ケーキは食後だからな、とは今日ばかりは言わないでおく。かわりにいい子だから先手ェ洗ってこいとだけ言うと、待ち切れなかったのか本当に手だけ洗って拭かずに来た。(あーもう!! 師匠って呼んでる俺の身にもなれよ!新妻くん!)

びしょびしょの手をため息つきながら拭いてやると、いただきます、素早く言ってがっつきだす。ふくらさんとごはんひさびされふね、ニコニコ言いながら食われては咎める気も失せた。(…だってまるでご馳走が嬉しいんじゃなく、俺と一緒が嬉しいみたいに聞こえるだろ)

実際、仕事の関係でちらちらと顔合わせることはあっても恋人としてきちんと会うのはずいぶん久しぶりな気がする。数ヶ月ぶりかもしれない。お互い週刊連載抱えているのだからしかたないが、せめて会わなかった日数分くらいは甘やかしてやろう、そんなことを思いながら新妻くんの口端で笑うクリームを舐めとってやった。

きれいに料理を平らげ、ついでにシャンパンもきっちり飲んだ新妻くんはそれはそれはご機嫌、食器を洗う俺のうしろで満悦をあらわすらしい動きをして福田さん福田さん言っている。ちょっと待ってろよ、振り向きざま言えば両手を上げてのハーイ。だめだ、完全に酔っ払っちまった。来年からはやっぱりジュースにしよう。(つか、わかったから!終わったらかまってやっからちょっと待て俺のキュキュットを奪うんじゃねえ新妻くん!)

なんとかかんとか洗いものを終え、ゴム手袋を外すと新妻くんは床でうずくまっていた。顔を上げさせるとどうやら慣れない酒に消耗してしまったらしい。というか盛大にはしゃいでいたのが原因だと思うがとりあえず寝室に運ぶ。ぐるぐるするです、赤い顔の新妻くんに水を飲ませてすこしようすを見ると、いくらかやわらいだらしい、だんだんと顔色がもどってきた。すべらかな額を撫でてやると新妻くんはにへらと笑う。

「新妻くん、酒飲ませた俺もわるいけどよ、もうあんまりはしゃぐなよな。…特に俺以外の前では」
「ハイ、はしゃぎません」

素直にうなずきながら顔が笑っている。ホントにわかってんのかよ、でこピンすると、福田さん一緒じゃないと僕はしゃぎません、さらっと可愛いことを言う口を塞いでやった。新妻くんの指が俺の服を引っ張る。至近距離の目がとろんとした理由はさだかではなかった。笑って尋ねる。プレゼント、まだ渡してねえけど後でいいの? う゛、言葉に詰まった新妻くんは束の間悩んでいたがやがて戸惑いがちに脚を絡ませてきた。愛おしさに呑まれて、その後の記憶は覚束ない。


二十五日、早朝に俺はベッドを出た。冷えた部屋にストーブをつけ、かるく震えながら上着をはおると新妻くんが身体起こす。まだ寝てろ、掛け布団押しつけると、帰るです? 寝ぼけ半分の口調で新妻くんは聞いた。仕事関係の年賀状まだ終わってねえんだ、ベルトをしめながら返すと、そうですか、わりにあっさりと新妻くんがうなずく。あれ、と思った。いつもなら次いつ来るです? 聞いてくる子だったのに、不審に思って振り向くと、ふああ、あくびをした新妻くんは目をこすり、それからにへと笑った。

「福田さんクリスマスはかならず来てくれるから、サンタさんみたいですね」

僕、だからクリスマス好きです、来年もその次もずうっと楽しみです。寒さに微か震えながらも笑ってそう言う恋人に、なぜだか俺は泣き出しそうになってしまい、また来るから、慌てて言って部屋を出た。

すこしずつ大人びていく新妻くんを見るのは、楽しくて、すこし切なくて、とても、いとしい。

(2010.1224)