わるいことしちゃったなあ、頭をかきながらマンションを見上げるとその向こうの朝空は未だどんよりとしていて、なんだか一晩放置してしまった恋人の機嫌のように見えた。おまけに、寒くて空気はヒリヒリしているし。(あーほんと、ごめん、福田くん…!)

恐る恐るエレベータ、重い気分で上がっていく僕の罪は気分などよりよっぽど重い。だって、二十五日ならぜったい大丈夫! 空ける空ける、ぜったい空けるから! 豪語した上での放置である。さいあくだ、僕がそんなことされようものならきっと今頃やけ酒に潰れ、手近にあった物がいくつか破損しているに違いない。

もちろん、一晩帰れなかったのには理由がある。同じ班の編集がインフルエンザで二人倒れて俺に余波が直撃した。普段なら多分、福田くんも納得してくれただろう、しかし昨日は年に一度の恋人の日だ。結婚記念日もおそらく永遠にない僕らには、互いの誕生日を除けばほとんど唯一にも等しい記念日である。(あれだけ念を押しておいてすっぽかすなんて…もしかしてこのドアを開けたとき僕の生涯、閉じちゃうかも、…ハハ)思いながら鍵を開けて自宅に上がると、そこに福田くんの姿はなかった。各室見てみたがやはりいない。怒って帰ってしまったのかもしれない、仕事がひとごこちついたのが午前四時、それから爆睡して今まで連絡ひとつなかったのだから、考えてみれば当然かもしれない。

ああもうサンタさんすんごくいい子にするから次のデートはぜったい五分前に着くから福田くんちょうだいよ、食卓の椅子によろり、もたれてうなだれる。(…むりか、もうおもっきり二十六日回っちゃったし、サンタとかどうせ今打ち上げの飲みとかやってる頃だろうし…もー、年イチの仕事なんだからもうちょっとサービスしてくれたっていいじゃん…)

目の前がかすんできた。眠いせいなのか、いろんな意味で泣きたいせいなのかわからない。ああ福田くんの顔みたいなあ、キスするのも我慢するし、さいあく手だってつなげなくてもいいから、雄二郎さんまじありえねーって福田くんに怒られたい。マゾじゃないけど。

普段は仮にも年上で、威厳てもんもあるからこんなこと思わないのに、しぬほど疲れているせいでどうにも潤いが足りない。ああ福田くん福田くん、

「なんスか?」

うわ、やばい、幻聴きこえてきた。いやもしかして夢? もうどっちだっていいや、顔を上げる気力もなくふらふらと声のする方に腕を突き出すと、ぱしり、両手をとられた。そのままぎゅうと握られる。ずいぶんリアルな夢だなあ、思っていると堅い掌がなにやら僕の手をまとめている。ん? ん? おかしいぞ、そこで初めて違和感に気づいた僕が、目を開けるのと唇に押し付けられたのは同時だった。きれいに伏せられたまつげ、冷たい唇、それが現実なのだと理解するには少々時間が要った。

瞼持ち上げた福田くんが、そっと、身を引いて中腰から立ち上がる。まぬけな僕は、口元押さえてうわあ、やはりまぬけにつぶやくしかできない。福田くんがくっと笑った。

「雄二郎さん、ありえねー、うける」
「なっ、なにがうけるだよ、いきなりそのっ、…し、しといて…」
「だって帰ってきたらふらふらしながら福田くん福田くん言ってっし。マジきもいって」
「う、うるさいなあ! だってキミ怒って帰ったのかと、…あれ? えっと、福田くん?」

僕の視線を察した福田くんがああとうなずく。朝ご飯の買い物に行っていたのだと片手、コンビニの袋を掲げてみせた。

「あさ、ごはん…」
「あれ?腹、減ってない?」
「や、ううん、そりゃもう腹ペコだけど、」
「じゃちょっと作るんで」

待っててくださいよ、言われるままにおとなしく待つと、ややあって朝食が食卓に並べられた。インスタントのお味噌汁、ちょっと焦げた卵焼き、ごはん。なんでもない朝食がひどくおいしい。パクパク食べながら、福田くんはいいの? 聞くと、いや、だとかえーとだとか、はっきりしない答えが返ってくる。箸を置いてお茶をのみながらもう一度よく聞けば、福田くんは僕の目は見ずこう言った。

「昨日…雄二郎さんが帰ってこなくて、買ってあったもんやけ食いしちまって…ぶっちゃけ胃もたれしてんスよね…」

ピザ二枚にホールケーキはさすがにきつかったっす…、ズーンと肩落としお腹さするのがおかしくてつい笑ってしまった。福田くんに怒られる。誰のせいだと思ってんスか! あは、ごめんごめん! (だってなんだか似た者同士で、おかしかったんだ!)

ようやく笑い終え、僕は昨夜のことを改めてあやまった。福田くんはやっぱりカンカンに怒っていたらしいが、どうやら新妻くん筋から夜半に事情を聞いたようで、けっきょく笑って許してくれた。

俺もケーキ食っちゃってすみませんした、めずらしく素直にあやまってくるの、可愛いなあ、きゅんとしていたら突然ソファに運ばれた。ちょっとなにするの福田くん! こっちはくたくたなんだぞ! 抗議したのに福田くんは笑っただけ、じゃ俺がぜんぶするんでいいですなどとのたまい人のシャツをめくりあげてくる始末! だめだ体力のない今の僕には防げっこない! ああ、もう、サンタさん!いい子にするとはいったけど、おとなしくやられますなんていってないよ!!

(数年前僕の渡した合鍵ひとつでよろこんでいた頃はほんとにかわいかったのになあ!)



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なぜか全力でクリスマスに便乗してしまった!!
健やかに成長していく20代萌がとまらない

(2010.1225)