キミねえ、が開口一番。そしてそのあとは一日分の疲れを乗せ滝のように雪崩のように文句が流れ、玄関上がって六畳にやってきてコートを脱いでも堰を切ったようにとまらない。最初は我慢して聞いていたがいいかげんうざくなって、シャツの胸元乱暴に引き、口をふさいでやった。目は閉じずわざと見つめたまま、歯列をなぞろうとすれば舌を噛まれた。

「ってぇ!・・っゆ、じろ、てンめ、」

「人の、特に年上の話は最後まで聞くものなんだよ福田くん」
「おめーだってどーせ十九のころはこんなんだったろ!」
「それはそれ、これはこれ」

で、ネームどれ、壁に沿った背の低い机がさごそと、勝手知ったる雄二郎はあさる。一応は俺の恋人のくせに、完璧にふつうの社会人を纏う年上の男が気に入らない。ほら打ち合わせするよ、さっさと仕事に入るしっかり者を気取る雄二郎が気に入らない。一瞬でボツと言い渡すそっけなさが気に入らない。(俺より身長ひくいくせに! 料理下手で卵の1個もろくに割れねえくせに!)
そうしてとどめは雄二郎の、つぎのネームはわるいけどFAXで送ってねというひとことだった。気がついたら紙束の上、ドンと拳をついていた。

「んだよ、新妻くんのは自分からわざわざ家まで見に来るくせに!」
「当たり前だろ、かたやジャンプの看板作家、かたやデビュー前の新人だぞ」


(・・・くそ、んなのわかってるっての・・!)
実際痛いくらいわかっていた、新妻くんはすごい作家だ、俺はまだまだ駆け出しだ、作家と呼べるかどうかも怪しいレベルの。雄二郎の態度のちがうのだって当然だ。頭ではわかっているが、やっぱり腹が立つ。
ああもう、いらいらする、いらいらするいらいらする! すると俺の苛々が映ったのか雄二郎もキッと、俺をにらんだ。

「っていうかキミこそ、僕への態度ひどいじゃないか、他の人にはそれなりに愛想もいいくせに」
「はァ? バッカじゃねえのなんでお前に愛想振りまかなきゃなんねーんだよ」
「! ・・・なんだよ、それ、」
「なんだよって、「僕には冷たくしてもいいってこと? 福田くん僕のことそういう風に思ってるの?」」

(あ、やべ、)
まずいと思った。雄二郎泣きそうな顔してたから。泣き顔は見たくなかった。だから俺はわけもわからず言った。

「そ、そういうんじゃねえ! ・・その、なんだ、気のおけないっつうか、・・安心するんだ、俺がバカやってもなにやっても雄二郎ならってどっかで思ってっから、だからつい、その・・・」

そこまでつないで、あ、と気づいた。(なんだこれ、俺すげー、恥ずかしくね?)顔を上げると雄二郎はぽかんとしている。目が合うと間の抜けた顔をして、それからふっと、噴き出した。血がカッと首筋を通り頬に上り頭に詰まる。俺は胸の前でぶんぶんと手を振った。(くそ、もうやけだ!)

「っあーもっ! やめだやめ! 嫉妬した! ただの嫉妬だよ! でもって雄二郎にひでえこと言ったごめん! 俺かっこわりいよな! ごめん!」
「! いやその、僕もだよ、僕も今日は疲れてて、だから、・・・うん、もうやめよう」

どちらからともなくキスをしたあと、あそうだ、思い出したように、雄二郎は言った。
福田くん、かっこわるくなんかないよ。
ちっぽけな理性が覚えているのはそこまでだった。



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福雄、習作
基本喧嘩腰のイメージ


(2009.0702)