くっきりと隈、二割り増しぼさぼさの天パ、とどめの力ない笑顔、疲れた疲れた表情筋が哀愁を誘う。二日ほどろくに寝ていないと雄二郎は言った。印刷所と行き違いがあったらしく、その処理に追われたためだそうだ。漫画家も難儀な仕事だが担当する編集だってそれは変わらなかった。 意識はほとんどもうろうとしていて、足元もおぼつかなかったがそれでもわざわざ寒い中、俺のところに来てくれたのかと思うと嬉しい気持ち半分、申し訳ない気持ち半分である。 玄関を上がり、ふらふらと六畳に向かう足取りを見ればやはり心配になって、ネームはいいから寝ていけよと俺は言った。ふりかえった雄二郎は、見終わったら帰るからと短く言う。 「え、泊まってけよ」 「・・・・・わるいけど今日は座りっぱなしで腰痛いから、」 「! べつに、取って喰ったりしねえって、」 じっとり、うたがわしい、とでも言いたげな目にむっとする。(おまえ恋人がそんなに信用できねえのかよ!) 「もう零時回ったし終電間に合わねーだろ、疲れてんだし大人しく泊まってけって」 そう言ってタンスからてきとうな上下を取り出して押し付けると、雄二郎は困った顔で小さくうなずいた。いつもはそんなこと気にしないが今日は机の上を片付けるふりをして、雄二郎の着替えるところは見なかった。衣擦れの音は狭い部屋に、なんだかやけに響く気がした。 終わった気配を感じて振り向くと雄二郎はトレーナーの袖をじっと眺めてから、すこしむっとした顔で俺を見た。(いや育っちまったもんはしょうがねえだろうが、そんな目で見られても)白い首筋の目立つのには、気がつかなかったふりをした。 寝室に通して敷きっぱなしの、ぐしゃぐしゃの布団をぐしゃの布団になるまで伸ばす。雄二郎は重そうな目蓋を手で擦りながらぽつりと言った。 「・・・・おなじ布団?」 「あァ? なんだよいつもそうだろうが」 「いやだって、・・・ねえ、」 「っ俺は自分の言葉に嘘はつかねー紳士だっての!」 いいから黙って寝やがれ! たたきつけると雄二郎はいくらか不満げにのろのろと、布団に寝転がった。暖房をしていなかったせいで冷えていたのか、ひっ、と短い声が上がった。蛍光灯を落として俺もとなりにもぐりこむ。布団にこもった冷気はぞわりと肌を撫ぜた。 そういえばなにもせず同じ布団にくるまって寝るのなんて久々だ、初めてかもしれない。雄二郎もいい大人だし、俺はヤりたい盛りの十九歳だし、一緒に寝ればまあ、そういうことになる。ただ眠るというのはどうも、新鮮だった。 雄二郎は背を向けて寝ていた。眠りについているのかどうかはよくわからない。細い肩は穏やかに、呼吸に揺れている、だぼっとした服からのぞく、腕の付け根から肩、うなじのラインを目でなぞると妙に、どきどきした。なんだか変な話だが、なにもしないのはなにかするよりずっとどきどきするような気がした。 心臓がやけにうるさい。(くそ、うちのシャンプーの匂いとかずりいぞ、)眠れねえどうしようこまった、そんなこと考えているとふいに、雄二郎がしゃべった。福田くん起きてるの? どきりとしながらあいまいに、ああ、と返事をした。そう、と言ったきり雄二郎は黙り込む。 「なんだよ、なんか言えよ」 「・・なんでもないよ、起きてるかなと思っただけ」 「嘘つけ」 しばらく、雄二郎は黙っていたが俺がトンと足を蹴るともごもごと言った。 「・・・・・・手、つないでもいいかな」 「えっ?」 「っな、なんでもない、ごめん、」 聞こえたがおどろいてつい、聞き返してしまった。雄二郎は小さく身を丸めている。薄いカーテン、かすか差しこむ月明かりに照らされた頬は暗闇でも赤いのが見て取れた。俺はその背に寄り添って、雄二郎の細い手を取った。肩がびくりと揺れる。にぎりしめるとなんだか恋人の体温の上がったような気がした。そういえば入ったときは冷たかった布団はいつのまにかひどく暑かった。 (・・・・・・あ、やべ、俺今夜寝られっかな・・) (2009.0708) ← |