着替えて自動ドアを出ると、春めいた白いコートの雄二郎が待っていた。さっきまでガラスの前で雑誌を読んでいたが俺のシフトの終わるのを見てコンビニを出たのだろう。なんとなし、気まずげに買ったお菓子だかなんだかがその手に揺れている。

待たせてわりぃというと雄二郎はゆっくりと首を振る。僕がはやく着いちゃっただけだから、ぽそりと言って俺に背を向け、あるきだした。めずらしく文句もいわないのはたぶん、久々にふたりそろってゆっくりした時間がとれたせいだろう。耳の赤いのは、気づかなかったふりをしてやった。二車線、夕方になると通りもすくない道を、並んで行く。

途中の信号待ちで雄二郎が、近くのレンタルビデオ屋に行きたいと言い出した。先週の金曜ロードショー、楽しみにしていたのに忘れて風呂に入ってしまい、頭三十分きっちり見逃したのだそうだ。そうして観ようか観るまいか迷っているうち、仕事の疲れで眠ってしまったらしい。

リベンジするのだと息巻いて、交差点の隅、待っていた信号にはふいと背を向け雄二郎は左の道を行った。じぶんの家の近所でなく、俺の家の近くなのに、ビデオ屋の位置まで把握しているあたりがなんだかいとおしくてさりげなく雄二郎の空いた左手をねらえば、寸前で気づいた雄二郎が、この通り人が多いからだめ、小声で怒った。ときどきあらわれる、常識人気取りの雄二郎センセイ、あたたかな体温はほんのすこし、おあずけ。

ちぇっと舌打ちすると、もう片方の手に持っていたビニール袋を突きつけられた。俺が気に入ったとこのあいだ何気なく言った新発売のチョコレートが入っていた。アメと鞭のうまい雄二郎センセイ。


青いのれんをくぐって、水曜日は週末にもまだ遠く人の少ない店内、のろのろと雄二郎は二階の洋画コーナーに行った。狭い棚と棚のあいだをぐるぐると、目当てのDVDを探している。

俺がアニメコーナーを見てもどってきてもまだうろうろしているようだったから、なんてタイトルだと聞いた。突然声をかけられおどろいた雄二郎が、カ行と書かれた黒い小さな仕切りを肘で倒してしまう。あわてて腕を伸ばすと、落ちかけた仕切りを右手がとらえ左手は自然とその手前の、崩れかけた雄二郎の腰を抱いていた。あ、と気づいた雄二郎がどこさわってるんだよと小さな声で文句を言う。(助けてやって、それはないんじゃないすか!)

しかし騒ぎになるのもまずいからそっと、仕切りを元の位置に挿してもどした。それから雄二郎に、まだ見つからないのかと聞く。雄二郎はしばらくもごもごとしていたが、やがてふいと、タ行の方に顔をむけ、言った。

「…あの子、常連なの?」
「はァ?」

唐突すぎる質問、いみがわからない。しばらく考えた。……思い当たった。

「黒い髪の女子大生くらいの?」

雄二郎はぴくりと肩を震わせる。たぶん、そのことを聞きたかったが言い出せず、ずっと探しているふりをしていたのだろう。ようやく納得した。

うちのコンビニによく買い物にくる少女、制服を見たことはないからおそらく俺とおなじくらいの年なのだろうとおもう。いつも落ちついたスカートを履いて、お可愛らしい一口サイズの菓子だとか、カロリーゼロの商品だとかを買っていく、ふつうの少女だった。たしかに常連だけどなにか、聞くと雄二郎はすこし、おもしろくなさそうな顔をする。(たぶん、自覚はない。そしてそれが、このひとのかわいいところである)

「福田くんのことちらちら見てたよ」
「なにそれ、嫉妬?」
「まさか!」

語尾がいつもより、やや、つよい。噛み締めた唇が、すこし、ふるえている。わかりやすい二十八歳。べつに俺なんとも思ってねえよ、言いながらわしわしと、もしゃもしゃの頭を撫でてやった。

完全に機嫌をそこねた大人は、しってるか、来年から仏教にも、頭を撫でるのが失礼にあたる考えが導入されるんだぞ、とくだらない嘘をついた。(法改正じゃ、あるまいし。ていうか俺、べつに信者じゃねえし)じゃあなおさら、いまのうちに撫でておかなきゃなとせわしなく手を動かすと、ぎゃあぎゃあと雄二郎さんはわめいた。近くをとおりすぎた店員が、不審げな目でみつめた。俺は腹をかかえて笑った。

「雄二郎さんてたまにすげーガキっぽいとこあるよね」
「ガキに言われたくないな」

そのガキにいつも喘がされてるくせにというと、周囲を見回してさっきの店員のいないのを確認してから真っ赤な顔で、今月の原稿料ハネてやる、うらめしげな顔で担当は言った。(いやそれ、だめだろ)だから俺はけらけらと笑いながら返事をしてやるのだ。

「俺そしたら生活できねえわ、雄二郎さんち泊まりにいこ」
「(あ く じ ゅ ん か ん !)」

頭を抱える挙動はおもしろかった。ところでDVD見つかったの、聞くと雄二郎は首を縦に振り、けれどすべて借りられていたことを打明けた。先週のロードショー、見逃したのはこの間抜けだけではないらしい。

うなずいて、俺はたいして興味もないてきとうな洋画を一本引っ張りレジに向かってあるきだした。あれ福田くん観たいのあるの? 背中に投げかけられた質問にはあいまいな返事をする。会員カードはあっただろうかと尻ポケットの財布を探した。


(べつに雄二郎さんがいれば俺、なんでもいいし)



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つ 福雄

ところで久々にいいタイトルつけた気がする
ちょっとうれしい

(2009.1012)