(R-15)



机の一番上の引き出しにしまってある書類の、日付を見て欲しいといういたって簡単な、頼みだった。しばらく電話の向こうに返事ができなかったのはその書類が見つからなかったからではなく、その書類の下に一枚の写真を、見つけてしまったからだ。

なにをしてる早く教えてくれないか、急いだ声に慌てて日付だけ告げると机の主、編集長はあわただしく電話を切った。書類をしまって、それから写真を手に。

古い写真だ。数年前、もしかすればもう十数年前の、新年会の。

乾いた唇は噛み締めると苦い味がした。都合よく忘れていたことを目の前に、忘れさせてなるものかと突きつけられた気分だった。

通りかかった相田がなに怖い顔してるんですかといぶかしげに問う。なんでもないと首を振った。手元の写真では酔っ払い肩を組んだ、若い日の二人の姿があった。指先の戦慄きをおさえ、もとあった場所にそっと、もどした。


五年前のことを、俺は、完全に忘れたわけではなかった。ただ、目を背けていただけだ。

ちょうど五年前、川口たろうの死んだ、夏の日。編集部に走ったざわめきも、合同で送ったひっそりとした白い花の匂いも、仕事用の顔をしようと拳を握り、痛々しいほど歯を食いしばっていた彼の表情も。そして身の中に渦巻いた、醜い感情も、俺はおそらく一生、忘れないだろう。

俺は川口たろうの死を、よろこんでしまったのだ。

訃報が届きひどく打ちひしがれた彼の顔を見て、一瞬、浮かんだのは確りとした安堵と紛れもない喜び、そうしてそのあとに突き落とされたのは自覚と自己嫌悪の海だった。


彼が川口さんを慕っていたのはよく知っていた。飲みに行くと彼は時おり川口さんのことを話題にしたからその口づてに、川口さんが初恋の女性との思い出を大切すぎるほど大切にしていることも、知っていた。彼がそれを知った上で、川口さんにそういった感情を抱いていることも、知っていた。最後通牒を告げると決まった日はずいぶん長いこと、酌に付き合わされたものだ。

川口さんのいるかぎり俺は彼を手に入れることができないと思っていたし、それはしかたのないことだと思っていた。昔から手のかかる、やっかいなタイプの世話をするうちになんだか可愛く見えてきて結局惚れてしまう性質で、酒癖のわるい彼に付き合ううちずるずると深みにはまっていったが川口さんがいるから無理なはなしなのだと、諦めていた。だから川口さんが編集部とかかわりを断ってからも、俺と彼の関係が上司と部下を超えることはなかった。

だがそこに唐突の死が訪れた。俺は揺らいだ。もしかすればと一縷の期待を抱いてしまった、人が死んだそんなときに。きたない男だ、我ながら。


しかし編集長も大概ひどい男だ、こんな写真を今ごろになって俺に見せ付ける。それも無意識で。ため息が出る。

すると漏れた吐息に不満そうに、組み敷いた男が見上げた。酒の入った目が睨む。

「・・・なんだ、瓶子、文句でもあるのか」
「いいえ、・・べつに」
「だったらさっさと、ん・・・」

ごまかすようにキスをして、シャツの釦に手をかけた。冷房に肌が晒されたのにびくりと肩をすぼめるのは可愛かった。外れかけた眼鏡をそっと取って、ベッドサイドに置いた。

まずいな今日は、もしかして勃たないかもと、思っていたのに身体は悲しくなるほど素直で、いつものように喘ぐ姿を見れば簡単に反応してしまったそれを細い脚のあいだに擦りつけながら、なんだか泣きたくなった。



++++
後編につづく
誰か瓶子×佐々木を私とかたらないか



(2009.0820)