平蒼+福田(114ページ準拠注意)

電話を切ってびびる。一時間二十七分とめったに見ない額の通話料がそこには表示されていた。画面を服の袖で拭いて携帯をとじる。気づけば廊下に立ち尽くしていたせいで足先からすっかり冷えてしまっていた。平丸さんとこんな長電話したの初めてだな、思いながら洗面所のドアを開けた。そういえばシャワーを浴びようと廊下に出たんだったと、ようやく思い出していた。

栓を捻り冷水が温まるのを待ちながら、今さっきの話がよみがえってすこし恥ずかしくなった。あいつはわがままだから甘やかすなだとか、うかつに頭を撫でたりするとぶち切れるから気をつけろだとか、強がってるときの見分け方だとか、我ながらずいぶんいらない世話を焼いてしまったもんだ。まだすこしぬるいシャワーを頭から浴びる。顔のすこし熱いのが冷えるかと思ったが冷静になったのは頭だけで、よけいに腹の中がカッとなったように思えた。

蒼樹嬢のことを、平丸さんに託した。なんてことはないただそれだけのことだ。大体託すといったって俺と蒼樹嬢のあいだに特別なにかがあったわけでもない。よろしく頼むとひとこと言えばよかったのに、なんで一時間以上もかかっちまったんだろう。ザアザアザア、湾岸の潮風に湿った俺の身体を叩いては湯がタイルに落ちる。いくらか目に入ったかもしれない、目元を拭ってああと気がついた。

俺は勝手に、兄にでもなったつもりだったのかもしれない。最初はお高くとまって気に食わない相手だったがだんだん手のかかる妹にでも思えてきて、世話をやくのが楽しくなった。漫画以外のこと、たとえば新しい家具を組み立てたいのに男手が足りないとか、そういうことで頼られるのもなんだかんだ嬉しかったかもしれない。

そうか俺は、たぶん寂しいのだ。ホームセンターに付き合えだとか、買い物をしたいから荷物を持ちに来いだとか、そういう用件はきっとこれから平丸さんの役目になる。今まで軽口たたきながら自分のしていた仕事が人の物になるとわかると急にひどく懐かしく、楽しかったことに思えてきた。妹を嫁に出す兄の気持ちってきっとこんななんだろう。もしかしたら、中井さんの惚れてる相手、というインプットがあらかじめなければ俺達はまたかたちを変えていたかもしれない。まあ、考えてもしかたないことだ。

栓を止め、バスタオルで乱暴に拭った。いつまでセンチに浸っている柄でもない安岡連れてツーリングでも行くか、そう思い脱衣所に出るといつの間にメールがきたのか携帯がチカチカと点滅していた。水滴に気をつけながら開けるとメール、蒼樹嬢からだ。平丸さんとの付き合いについての相談がびっしり書かれている。噴き出した。俺はちんたらメールを打つのは嫌いだから直接電話してこいと言ってあるのに、わざわざこんな長文を送ってくるのを見るに、「はじめてのおつきあい」に実は相当テンパっているにちがいない。

まったくめんどくせえ、つうか人が電話してんだから三コール以内で出ろよ、開口一番言ってやる文句を考えながら通話に出るのを待つ。どうやら世話焼きお兄ちゃん役はまだしばらくつづきそうで、なんだか悔しいが、口元は自然、ゆるんでいた。

シャワーと一緒に排水溝に流れた涙は、きっといつかの笑い話になる。



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平蒼は…?って聞かれたから書いてみた
福蒼なら兄妹的関係が好きだが平蒼はカップルとして楽しみたい

(2010.0116)