リビングの壁に埋め込まれた見慣れない大きさの、長方形の黒い画面がテレビであると知ったときはいくらか僕の常識観というものが、揺らいだものである。ミニシアターといっても通るような、僕が両手を広げてなんとか端と端に届くくらいの大きさ、プラズマテレビ。いまは男の叫ぶのをその高画質に映していた。

大の男(といってもコジィくんはそんなに背は高くないが、そしてそれを言うとギターでひどく殴られるのだが)ふたりで座ってもゆったりとした、黒革のソファでくつろいで、眼前に広がる騒音を眺める。時おり隣に座る彼の太腿を撫でたりやわやわと揉んでみたりするが、コジィくんはどうやらテレビに熱中しているようでたまに身じろぎするだけ、いつものように内股にもじもじと、むずがるような仕草がないのが残念だ。


コジィくんの、ライブDVDなのだそうだ。私服よりもっとずっと派手な衣装をまとったコジィくんが、マイク片手にシャウトしている。ズームでまつ毛の一本一本まで見えるほどに近づいたカメラは、実際撮影距離がみじかいのだろう、ライトに光る、汗が数滴したたってはぽたりぽたりと、滲んでいた。音楽などにはうとくて、かのベートーヴェン御大の出身すらもわからない無知である。いやたしか、高校だか中学だか、いつかのテストで答えたはずなのだが、興味のない勉強の結果など所詮その程度である。コジィくんの歌は何度か聞いたが、好きでもきらいでも、どちらでもなかった。

ただ、はじめてコジィくんのDVDを観てひとつ、わかったことがある。折れそうに細い腰を、片手伸ばして抱き寄せた。画面に見入っているコジィくんはたいして、気にしたようすもない。耳元で聞いた。

「これ、売り上げは?」
「ん、…ああ、二十万本くらいだったかな?」

ふうん、てきとうにうなずいてその細い顎を手で取った。自己陶酔の世界から強引に引き戻されたコジィくんは不満そうな顔をしたが気にせずその身体をひねらせ、ぎゅうと両手で抱いた。だって僕はコジィくんより、不機嫌なのだ。

「なにするんだい、いきなり」
「……僕のコジィくんが二十万人に視姦されている」
「しかん?」
「…不愉快だ」

強い、強い力を背に回した手にこめると触れた背骨の軋みそうに、細い体躯。僕以上に馬鹿なところも普段ならかわいくて好きなのだが、こういうときはすこしいらっとする。壊れてしまいそうな身体も気にせず抱いて言った。

「汗まで映るテレビの前でコジィくんが誰かのおかずにされているのが気に喰わない」
「ふん、仕方ないだろうなぜなら僕はうつくし、っあ、ふぁ…!な、なにを…!」

歩く自己愛のタンクトップと、そのしろい素肌に侵略の手を伸ばし首輪の下に舌を這わせる。薄い皮膚を食むように跡をのこすとびくびくと身体をくねらせてコジィくんの指がいやだいやだと僕の髪を引っ張った。髪なんてどうなったっていい、何千何万本と生えている。そしてたぶん、まだはげない。何度も何度も鎖骨から首にかけてを吸った。やっと満足する。

「至近距離で映されても、こうしておけば僕のだと主張ができる」

我ながら名案だ、うん。ひとりごちてようやく、コジィくんの顔を見上げるともうすっかり欲情していて、やめろだとかなんとかうめいているが真実味はほとんどなかった。

「ああそうだ、ライブ中のコジィくんがいやらしいから勃っちゃった、しよう、コジィくん」
「やっ、い、いやだ、はな、し、」
「だめ、コジィくんがきれいなのが、わるい」

耳に注ぐともうナルシストから文句はもれず、毒々しい赤い唇からは卑猥な喘ぎがあふれるだけだった。


(コジィくんのDVDには成人向け指定が適用されるべきだ。…ていうか、僕向けでいい)

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ひらこじもえるよひらこじ
コージィじゃなくコジィなのは、のちのち
タイプミスではないです、ただの捏造です


(2009.1017)