小杉さんにしては賢明な選択である。前回家にやって来られたときはどうしていいか戸惑ったが新宿なら庭だ。つぎはどこにいこう?脳内エンターを押せばいくつもの検索結果がすぐに弾き出されてくる。

つぎの結果は世界堂だ。画材を見にいきたいんですけど、ふりかえれば何の文句もなくにっこりうなずかれた。いわく、今までは俺のわがままに付き合ってもらったから今度は七峰くんの行きたいところについていきたい、だそうだ。

殊勝な心がけなので貴重な休日を一日譲ってやらなくもない。足どりは軽かった。もちろん、大好きな(荷物持ちをしてくれる)小杉さんと一緒だからである。(あほら小杉さん信号変わっちゃいますよぼさっとしてないで急いでください)

世界堂というのは全国に支店を持つ規模の大きい画材屋である。新宿東口のそれはJRの駅を出て正面のアルタを右にまがりまっすぐ数百メートルほどいくと見えてくる、多少古ぼけたしかしどっしりとした背の高い建物だ。一階の一般的な文房具から上階のなにに使うかわからないような専門具まで売り物は多彩で、また商材の幅広さと比例して建物の入り口自体も大きかった。

文具の一階、マンガ用品の二階を中心に見てあるく。七峰くんまたマンガ描くつもりなの? 元担当は顔をかがやかせたが首を横に振るととたんにその光をくすぶらせていた。ハアア、しかたないのでため息ひとつついて付け加えてやる。今は「友だち」でしょう、仕事の話はナシです。一言で豆電球みたくなる安易な「友だち」

世界堂は入り口こそ広かったがその物量、また棚の数から通路は狭かった。ちょろちょろと僕のあとをついてくる小杉さんは何度も両手に抱えた袋を通りすぎる人にぶつけていたのでしかたなく僕が両方持ってやった。小杉さんはいいよといったが買い物カゴを渡して知らんぷりを決め込んでいたらなにも言わなくなった。実際荷物は服などの軽いものしか入れていなかったから、買い物するにも大した支障はなかった。(いっておくがたまたまそういうセレクトになっただけでべつに小杉さんに重くないようだとか配慮したわけではないとりあえずそんな目で俺を見んな)

買い物を終えるとちかくの映画館で映画を観た。僕のミステリ好きと小杉さんのアニメ好きを折半して3Dの推理ものをみたがまあまあよかった。(小杉さんは泣いていたが)そこそこ人気がある映画らしく満席だったのであらかじめネットでペアシートを予約してきてよかったと思った。小杉さんはなんだかこんな豪華な席ふしぎなかんじがするなあと言っていたが映画が終わるころにはポップコーンで見事にソファを汚していた。あんまり見事だったんでおかしかった。こんなときばかり笑うなよ! てか拾うの手伝ってよ、と怒られたのでハイハイと従った。普段なら自分でわざわざ拾ったりしないのだが今日はさすがに惨劇すぎた。くつくつと笑いながら片付けて小杉さんに怒りの裏拳を喰らい、ちょ! 手ェ洗え! といって手洗いにふたり。さっぱりした。

トイレを出ると受付横のグッズ売り場を小杉さんが気にしているので人は多かったがずんずん行く。紙袋ふたつ分のスペース奪取効果を見よ! 小杉さんは強引に陣取る僕に後押しされ楽々と映画に出てきた子犬のぬいぐるみをふたつ買って満足そうにもどってきた。そんなに気に入ったのかと聞けばひとつは七峰くんにやるという。不機嫌そうな顔をつくってどうもというとやわくデコピンされた。

「素直に喜べよな」

時たま垣間見えるこの異常な男らしさが女性の前でもそうであったなら彼はすでに童貞ではなかったのだろうがTシャツに書かれたなぞのNYAN NYANからは限りなく童貞臭がするのが残念でたまらない(笑)

そうしてポップコーンをバリバリ食べたって夕方にもなればお腹の減る健全な青少年である。駅前で呼びこみしている手頃な飲み屋をえらんではいった。エレベータで向かう途中そういえばお酒まだだめじゃない? はっとした小声できいてくるのでもう二十歳になりましたとドヤれば怒られた。パコン。痛い。

「なんで俺に言わないの!」
「ハア? なんで小杉さんに言わないといけねーんだよ」
「お祝いさせてほしかった!」
「ちょ暴れんなってエレベータ揺れる…したいならすればいいんじゃないですか、今日だし」
「えっ?」

チーン。見事なタイミングで鳴ったドア、忘れていたが同乗していた呼び込みのお兄さんは気がつけば爆笑。開ボタンを指で押しながら二十歳記念にじゃんじゃん飲んでくださいねとサービス券を余分にくれた。なんにもいえない気持ちになった。電車とかこういった場所で会話を聞かれ笑われるのがこんなに恥ずかしいものだったとは発見だ。小杉さんと出会ってからさまざまな発見が多いと自分でもわかっているがこれは知りたくなかった。俺がおごるから、ぼそりという小杉さんに無言でうなずいて後をついた。

二人席に通されてきとうに注文して飲む。小杉さんは生、僕はカシオレ。乾杯。ジョッキを傾けると口をぬぐった小杉さんが言う。

「七峰くん、誕生日おめでとう。…ごめんね、知ってたら、もっとなにか、「いや、いい」え?」
「プレゼント、さっきもらったし」
「で、でも、…あんなぬいぐるみでいいのかい? 七峰くんならもっといいもの、もらい慣れてるだろうし…それに僕あんまりセンスよくないし」

自覚があったのか。驚きだ。自覚した上でナルトやドラゴンボールや謎のNYAN NYANを着ていたのか。その胆力に驚愕である。伝えればそれは主義だからキリッと格好つけられた。ついてなかったけど。主よどうか彼に心ばかりのセンスを。アーメン。

そして小杉さんはセンスこそ壊滅していたが意外なことに酒は強かった。気持ちよく飲むしほとんどザルである。聞けば大学の卓球サークルで鍛えられたのだそうだ。卓球サークル…女っ気なさそう。理解。じゃあ今度は卓球でもしましょうか。かるい気持ちでいうと酒のせいというのをたぶん差し引いてもかなりよろこんでいた。僕から誘われたのが嬉しかったのだそうだ。本当にちょろい、というよりばかみたいに素直な人だった。僕とはまるで正反対で、僕はそれをたしかに、快いと感じていた。

飲み疲れた帰り道、未だ涼しい春の夜をあるきながらふと聞いた。最近休みのたびに会ってる気がするけど。小杉さんって友だちいないわけ。小杉さんはほのあかい顔でへにゃりと笑う。そりゃ、いるけど…でも七峰くんといるのが最近は楽しいんだ。…へへ。

すこし飲みすぎたのかろれつは回っていなかったが、この男がへつらうための嘘をつく人間でないのはもう知っていた。あしどりを先ほどよりゆるやかにして小杉にあわせてやる。気まぐれだ。いまだけだ。

へらへら気づいてこんなときまで律儀に礼をいうまぬけ面を、いまだけ友だちと認めてやらなくもない。

(そうたとえプリントシャツがNYAN NYANであっても)

僕って心やさしいよな。


(2011.1101)