びっくりって言葉じゃ足りないくらいにびっくりして、僕は思わず両手を上げた。

「亜城木先生! 今日も来てくれたですかー!」

気がつくと条件反射、とうとイス蹴って飛びついてぎゅうぎゅう、抱きついている。手に持っていたペン、インクが零れてぽたぽたと染みを作ったけど気にならない。きついきつい新妻さん、顔くしゃくしゃにして亜城木先生が言うのにあわてて離した。(先生ごめんなさい! うれしかったからついなんです!)

「亜城木先生ご飯食べてきたです? まだです? まだなら僕なにかつくります?」
「え? あ、えーと、昼は食べてきたから大丈夫、原稿、このページからやればいいかな?」
「あっ、じゃあ僕これからご飯なので付き合ってほしいです、いいです?」
「おいちょっと待てダメに決まってんだろうが」

横槍、ぐるり首を回して福田さんを見る。机から顔上げた福田さんは細い目で僕をにらんでいた。

「新妻くんなんのためのアシだと思ってんだ、そんなひまがあるなら原稿だろ。真城くんも我がまま聞いてやらなくていいからな」

そのとなりで中井さんも、ベタを塗りながら控えめにうなずく。ちょっとぐらいいいのにと思いながらふりかえると亜城木先生は困ったように、眉をハの字にしていた。(はっ! しまった困らせちゃったです! 失敗です!)僕はあわてて胸の前、ぶんぶんと両手を振った。

「亜城木先生こまるならいいです、ほんとはたくさんお話したかったけど僕我慢します、ごめんなさい!」

ごちん! 床に手ついて頭を下げると亜城木先生の指が僕のおでこを持ち上げた。のぞきこむように、瞳。

「新妻さんいいんだよ、頭なんか下げないで」
「でも僕、亜城木先生、困らせちゃったです、」
「大丈夫だって、気にしてないし、」

それに、と亜城木先生は付け加えて、ちらりと福田さんを見やってから多少、小声で言った。

「いまは仕事優先だけど、原稿終わったら話ぐらい聞くから」

僕も新妻さんとマンガの話するの楽しいし、そう言ってめずらしく、ちょっとだけやわらかい顔をしてから亜城木先生は原稿を拾って自分の席についた。僕はしばらく動けずにいた。おでこにはじんじんと、ただ触れただけなのになんだかまだ指先のあたたかさが残って染みている。

(亜城木先生が、いっつもクールな亜城木先生が、あんなにやさしい顔をするなんて!)


「っ僕、僕原稿がんばるですーー!」
「! わかったから叫ぶな新妻くん!」

(福田さんはだまってトーンでも貼っててください!)

(2009.0620)