ひょい、机の上にあごのせて、くりくりした目が見上げている。書き途中、日直日誌から視線は外さず言う。

「用事、もういいの?」
「うん、進路の書類のことでちょっと呼ばれただけだから」
「そう。あとすこしで終わるから、待っててね」
「ハーイ」

お行儀よく返事してひとつ前の席、香耶は座った。手持ち無沙汰に長い髪をくるくるといじってみたり、たまに日直日誌をのぞきこんだりしている。そうしてふと思い出したように、香耶は言った。

「ねえ今日さあ、五限目、真城と見詰め合ってたでしょ」
「え? ・・・やだ、みてたの?」
「あれだけ長いこと見てたら気づくってば」

長かっただろうか、わたしには短い時間に感じたけれど、黒板は半分ほど進んでいたからそうなのかもしれない。香耶は笑う。

「ほんと真城のこと、好きだよねえ」

妬けてきちゃう、ぽつんと香耶がこぼす。唇が持ち上がった。

「うん、好き」

書き終えた日誌をたたむ。顔を上げた。香耶ははっと瞳を揺らす。かすかに赤い目元に微笑みかける。


「真城くんは好き。香耶は特別。わかるよね?」
「! ・・う、うん」

カタリ、席を立って香耶の手を取った。やわらかい肌を指でなぞりながら持ち上げる。香耶はおとなしく立ち上がった。
今日は金曜日。日誌に書いたから覚えている。香耶が塾に行くのは火曜と木曜だ。

「どこかよっていく?」
「え、いいの?」

途端キラキラとする瞳、かわいい。いいよと言うと香耶は唇に手を当てて、うーんとうなった。駅前のカフェ、ミスタードーナツ、すこし遠出してサーティワン、数え切れない目的地が頭ではぐるぐるしているのだろう。香耶の考えこんでいる表情はとても、とてもかわいらしい。油断しているのをいいことに、ちゅ、と頬に口付けた。一瞬ぽかんとしてからきょろきょろと、慌てふためき周りを見渡す。放課後茜に染まる教室、当然、他にはだれもいない。(それに、わたしが人のいるところでするわけないって、知っているのにね)それから困ったような顔をして、わたしを見た。

「香耶があんまりかわいかったから。・・・それで、行き先は決まったの?」

問えばすこし赤い顔で、それでもうれしそうにこくりと香耶はうなずいた。


(ほんとうに単純でかわいい、わたしの香耶)


(2009.0719)