んんんー! 大きな伸びが背を曲げるのが視界の端に映り、読んでいた本から顔を上げる。読んでいたといってもとっくに飽きていた。

「ネーム、終わったのか」
「はい、完璧花丸パーフェクツです!」

床から起き上がる。イスに座る新妻くんの膝にのろのろと手をついた。きょとんとした顔が見下ろしてくる。

「膝枕しろ。俺は今週も鬼のような担当に追われて疲れた」
「えー、僕だって数学の先生に追われて疲れてます」
「俺より十も若いじゃないか」

ふーとため息ついて新妻くんはイスから下りた。奥の部屋からクッション持ってくるとフローリングにぽんと引いて座る。パンパンとあぐらの太腿をたたいた。

「膝枕はふつう正座だろう」
「僕正座は苦手です。あぐらじゃダメなら膝枕してあげません」
「・・うぐ、」

重い身体うごかして脚のあいだに頭を載せてみる。細い、骨しかないんじゃないかというような、脚、硬い。寝心地はいいといえば嘘になる。だが仄か、新妻くんの匂いのするのには安心した。しばらく身じろぎして、ちょうどいい高さを探した。

俺が身を落ち着かせると上から手が伸びてきてわしゃわしゃと髪を撫ぜる。食べてるのかと疑うほど、細い細いくせにゴツゴツとした、そこだけ筋肉のしなやかについた新妻くんの右手。最初に触れられたときにはたいそう驚いたがそのうち心地よくなった。指からさらさらと落ちる俺の髪が新妻くんは好きなのだそうだ。硬い指先はしばらく愉快そうに黒髪をなぞっていた。


「十も上なのに、平丸先生は甘えん坊さんですね」
「・・・・新妻くんに、だけだ」
「吉田さんにも甘えてるじゃないですか」
「あれはただの我が儘だ、甘えてるわけじゃない」

むっとして俺がそう言うと興味なさそうにそうですかと新妻くんはてきとうなあいづちを打った。(吉田氏と新妻くん、比べるまでもないほど俺の中では差があるのに新妻くんはなかなか理解してくれない)俺が文句言うよりもはやく、新妻くんはあ、と声を上げた。

「平丸先生枝毛です、切りますよ」
「そんなの、どうでもいい」
「ハサミ取ってきますからどいてください」
「面倒だ、動かないでくれ」
「僕髪の毛ぱさぱさの平丸先生はきらいですよ?」
「! ・・・・・・じゃあ、はやく戻ってこい」

はい、三歩で届きますからと言って新妻くんは俺を離した。ごろん、ふかふかのクッションに頭が落ちる。やわらかい、石鹸の香りのするクッションだったが新妻くんの膝には到底およばなかった。目だけうごかして、アシスタントの机に向かった新妻くんの背を追った。

(俺はたった三歩でも離れるのがいやなんだ)


(2009.0701)