変だ。
新妻さんは変な人だ。僕がくると途端に原稿から顔上げてまず、怒涛の質問攻撃をする。お茶飲みますか? 今日何時までいるです? 明日も来るです?

ひとつひとつ、僕が答えるとそれにわざわざ一喜一憂して、それからもごもごと、ちょっとおしゃべりしてもいいです?と聞く。

そうしていつものように僕がうなずくと、自分の席の横にもうひとつ椅子を持ってきて嬉しそうに、身ぶり手ぶりまじえ、話題飛び飛びの話をする。僕が来るときはたいがい福田さんと中井さんの都合がつかないときだから、二人の作業部屋、黙って僕はあいづちを打っていた。

それが、最初は気にならなかったけれどどうやら他の人に同じことはしていないらしいと気づいてから、違和感を感じるようになった。話にあいづち打ちながら、考える。


新妻さんは今日は学校の話をしていた。

体育で跳び箱八段が跳べたこと、学食はまあまあ美味しいけれど自販機のりんごジュースは微妙なこと、宿題をわすれたとメールしたら福田さんが学校まで届けに来てくれたこと。楽しそうだ。ひどく冷静な、客観的な視線で僕は新妻さんを観察していた。

いつでも新妻さんは楽しそうだった。漫画を描いているときもしゃべっているときも、もしかしたら眠っているときでさえ、楽しげなのかもしれない。

ズガーンギャピーン、擬音まじりに喋るのに、たのしそうですねと声をかければぱちくりと、まばたきをしてニッと笑う。

「だって今日は、亜城木先生が一緒ですから」

瞳、星、満開の。すごいな一流の漫画家になると目に星まで散らせるのかじゃあ炎は? なんて考えて、それから納得した。

(ああ、そうかこれは、)

――恋だ。

新妻さんはたぶん、僕のことが、好きだ。自惚れでも自意識過剰でもなく、本当に。
そうかだから、新妻さんは僕を見るとあんなに、嬉しそうな顔をするのだ。そして僕は心のどこか小さく抉られるようなそんな、気分になるのだ。

気づいてみればすっきりしたような、けれどかえって袋小路に入りこんだような、変な気分だった。新妻さんは亜城木先生つぎいつ来るです? 無邪気に聞いてくる。ええとだとかうーんだとか、煮え切らない返事をしながら胸のうちはひどく冷たかった。

いつの日か僕は、この人を拒絶しなければいけない、(…だって僕には亜豆がいる)うっすらとした冷たい予感だけが残った。


(いつかくるその日、ずっと、こなければ、いいのに)


(2009.0911)