(犬の躾も満更、わるくない)


編集部でたまたま福田さんと鉢合わせた。せっかくだからと近くのファミレス、シュージンは三吉と約束があるから先に帰った。福田さんは無口な方ではないが共通の話題もそれほどなく、頼んだ料理がなくなりコーヒーが出される頃には、自然とはなしはエイジのことになった。

新妻くんがなにをしたなにを言った、奇天烈漫画家の日々、アシスタントによって赤裸々に語られる。福田さんの話に時折笑いまたは眉をひそめ、それから話題の途切れにふと僕は言った。

新妻さんて、意外とメール送ってきますよね。福田さんは一瞬、口をぽかんと開けそれから慌ててきゅっと結んだ。そうかなと、聞き返す声がいくらか硬い。ちょうど昨日、エイジから届いたメールを携帯開いて見せる。

「よく見たらショッカーですガビョーン!」意味不明の一文の下にはエイジが自分を撮ったらしい写メール、黒いスウェットの上下が映っている。開けたときは軽く噴いた。福田さんはしばらく画面を見つめていたがその点灯が消えたのかハッと顔を上げる。携帯を返す手が慌てたせいでジンジャーエールのコップを掠めた。僕が倒れる前に立て直すと、わりいと返事、狼狽がうかがえた。

返された携帯を尻ポケットにつっこみ、きっと疲れてるんですよ、今日は早く帰った方がいいと言い残し固いソファに放っていたジャンパーを羽織る。窓側の席、大きく切り取られた枠の外にはしんと暗い冬が広がっている。胃の重たい身で帰るのはいくらか億劫だが、遅くなってこれ以上冷えるのも嫌だった。900円、机の上に残してさよならと背を向ける。答えはなかった。


重いドアを開けると寒さが鼻を刺す。一度神保町までもどって電車、めんどくさい。フリースに鼻までうずめてポケットに手を突っ込み、のろのろと、歩き出す。

年末の忙しい人々の足、流されるように、狭い坂を下ってゆく。騒がしい電灯照らす坂道を下りながら、ああ福田さんはエイジが好きなんだろうなとぼんやり思った。ていうか、

(ちょっと、おとなげなかったかも)

福田さんがエイジのことばかり話すからつい、意地悪いことをしてしまった。そういえばちょっと落ち込んでたな。たぶんエイジから私的なメールはほとんど来ないのだろう、携帯はめんどくさいといつだったか言っていた。

ふと、尻ポケットに入れた携帯が震えた。相手は見なくてもわかる。エイジには十時すぎならメールをしてもいいと言ってあるからだ。


電灯の下、立ち止まり、ゆっくりと携帯を開く。新着メールを見てすこし考え、メールの届いた時刻、十時一分を見て歩を止めた。学校はもう冬休み、明日はもともと仕事場にこもる予定だった。親にはなんとでも言い訳できるだろう。

神保町はやめ、右、道路に目をやり空車のタクシーを探す。代金はエイジ持ちでいいだろう。僕が行ってやるのだから。

(……満車、満車、…あ、)

信号待ちしている黄色いタクシー、右手を挙げて軽く振ればチカチカとヘッドランプが点った。下ろして、そういえば携帯を持ったままだったのに気がつく。

気分がいいからたまにはと、タクシーの来るのを待ちながらアドレス帳からかけてやると、コール二回でエイジは出た。今から行くんで二、三十分で着きますと言えば電波の向こうでは電波にも負けぬ奇声が上がっていた。

(ああもう、そんなに待ち切れないみたいな声出すなよな、犬じゃないんだから。……まあ半分そんなもんか)



「あ、すみません吉祥寺まで」




++++
真城←エイジ←福田
ちょうもえる。秋のトレンドだよこれ



(2009.1003)