わからないとでも思ってるのかと、聞きたくなる。サイコーは最高にわかりやすい男だ。ちら、ちらり、振り返ってはソファの俺を気にしている。三分で五回。ネームの手を止め数えたのだから正確だ。

普段はズカズカぐっさり俺にものを言うくせに、なにか言い出しづらいこと、あるとすぐ喉に隠す癖がある。そうしてしばらく俺のようすをうかがって、言えそうなら口に出し、そうでなければまた次の機会をうかがう。出会って三年、そのていどのことは把握している。

さあなんだ、なにがいいたい、缶コーヒーで緊張に乾いた喉を潤しながら俺はネームを見ているふりをして、切り出しを待った。

しかしなかなかサイコーは実行に移さない。めずらしい。これは相当に繊細な話題にちがいない。もうすこし考える時間をやろうかと、放ってあった上着をとった。

「サイコー俺、コンビニ行って「シュージン、」」

さえぎったサイコーはもうしっかりと俺を振り向いていた。ペンを置き作業を離れ、立ち上がる。さっきまでの迷いなどなかったようにスタスタと歩み寄ってくる。サイコーのこの潔さが気持ちよくて好きだった。

何をするのかと思って突っ立ったまま、待っているとおもむろに両手を伸ばしたサイコーは俺の首へ一直線、ヘッドフォンをがしとつかむ。そして乱暴に俺の耳をふさいだ。めくれた耳朶にいたいと抗議すればにらまれた。口をつぐむ。だらりと下がったコードを探り、ipodをサイコーは取り出した。てきとうにパチパチ押して、耳元からは聞き慣れた音楽が流れ出す。そうして不意に、音量が上がった。つんざく騒音、身をすくめる。

「っちょ、サイコーなに、」
「うっさい黙って聞いてよシュージン、これなら俺の声聞こえないだろ」

音楽の向こう、サイコーは荒々しくそう言った。そうして俺のヘッドフォンをつかみ固定したまま、

「俺シュージンのこと好きだから。でも言えばシュージン困るから、口に出すのはこれが最初で最後。だからあとで後悔しないようにいま一生分言っとく、好きだ大好きだシュージンともう一度コンビ組めてよかった、もう僕から離れるな、そんなの無理だって知ってるよだけどずっとそばにいろよ、・・・っ好きなんだよ!」

早口でまくし立てたせいで、サイコーは荒く肩で息をしていた。(そんな、息切らすくらい全力で、愛を叫ぶなよ、)

呼吸を整えて、それからサイコーはやっとヘッドフォンを外し、聞こえてないよな? と首をかしげた。でも、でもね、サイコー、

(・・・このヘッドフォンはいつだって、サイコーの声を聞き逃さないように音を小さく設定してあるんだ)

だいたい、そんな大きな声出したら騒音の壁なんて叩き壊しちゃうよ、やだな俺いまサイコーに顔見られたくない、だって真っ赤だろうたぶん耳まで。

サイコーがまた、聞こえてなかったよなと念を押す。眼鏡をかけ直すふりをして口元、頬を隠しながら返事をした。

「サイコー、・・・ごめん聞こえちゃった、」
「っ! 聞くなよって言ったじゃんか!」
「えええ自分でヘッドフォンつけといてひどくね!?」
「だってシュージンが聞くのがわるい、・・・僕、僕すごく恥ずかしいやつじゃないか、」

さっきまで堂々としていたのにサイコーはすっかりうろたえ、果てには帰ると言い出した。俺は慌ててその腕をつかんだ。

「っ待って、」

細い肘を、とらえてみたはいいもののそれからなんと言えばいいのか、こんなときばかり上手い台詞が見つからない。(なんだ、俺はこんな、こんなに馬鹿だったのか、ショックだ、)

黙する俺にサイコーは苛立った。なんだよ言うならさっさと言えよ、憤懣の声に顔を上げると、真正面から目が合った。どれだけ探しても出てこなかったそれは、するりと、こぼれ落ちた。

「・・嬉しかった」

言ってみればなんということはなかった、それが俺の本音だったのだ。なんだ、すっきりした。
力が抜けてふらふらと、ソファにもたれこめば同じよう、サイコーも床に崩れ落ちていた。

「サイコー」
「うん、」
「嬉しかったんだ、ほんとに」
「うん、わかったよ」
「俺明日からネーム頑張るから」
「・・・今日から頑張れよ」




++++
新妻方面に目が行ってしまうだけで、最秋最もふつうに好き
タイトルは林檎嬢から。あまり関係はないがサビがほら、


(2009.0812)