起きると暗い冬の朝はなく、窓の外はひどい、ひどい雪で、これは休校だなと思いながら痺れた手をテーブルの上の携帯に伸ばした。狭いソファで眠っているうちに腕枕をしていたサイコーは、起こさないように。ピカ、ピカ、と時おり青く点滅する冷たい電子機器、薄闇の中で開けるとまぶしかった。寝起き、乾いていくらか掠れた喉に、唾液を伝わせながら受信ボックスをひらく。案の定三吉から、いち早い休校の連絡が来ていた。いつだってメールの長い女らしく、受験の先輩は大変そうだとか早起きして損しただとか、どうでもいい用件が下にくっついている。女子らしい話題の飛躍はばかばかしくて、きらいじゃない。けれどおなじ毛布の中で聞こえる吐息を腕に収めながら読んだメールは、なんだか、痛々しかった。

「…しゅーじん、」
「ん? あ、ごめん、起こした?」
「いや…学校、時間だし、」
「休みだって」
「え…?」

思考の回っていないサイコーに、半端にカーテンの開いた窓を指差すとああとうなずいて、ふわあ、大きなあくびをひとつした。それから寝ぼけ眼は身体をすこし持ち上げて、ゆっくりと俺にキスをする。隙間風さむい部屋で唇に触れた温度は心地よく、そのままにさせているとめずらしく、寝起きの歯が俺の下唇をあまく噛んだ。誘われている。朝なのに。…朝だからか。ごわごわした毛布の中、腰に回していた左手ですべらかな腰を撫ぜると身じろぎしたサイコーは俺の首に縋った。腹にはやわく芯を持って押し付けられる。健全な男子らしく俺はじぶんより一回り小さい身体を、押し倒した。


怠惰な朝をふたりでもつれてまた眠って、ふたたび目を覚ましたときにはたぶん、もう昼だった。外は薄暗くて、よくわからない。べたりと気持ちわるい身体、とりあえず風呂に入ろうと毛布をめくると、起きていたのかサイコーが両手伸ばし俺の腰を抱く。

「サイコーどうしたの、なんか女の子みたい」
「…るさい」

声はひどく掠れていて、風邪を引いてしまわないか俺は心配になった。毛布を肩までかけなおして身をよせて、もうちょっとしたら一緒に風呂入ろうと言った。サイコーはぼんやりとした頭でうなずいた。そのとき、電話が鳴った。緑のひかり、メールではない。きっと三吉からだ。休みになったから会いたいとかそういうことだろう、たぶん。ぴくりと肩を震わせたサイコーはおそらく、出るなとおもっているはずだった。俺はそんな気持ちに気づかないふりをして、電話を取った。
出ると、三吉はいつものようにぎゃあぎゃあと話し始めた。電波の向こうからは元気な声が響いてきっと、俺のすぐそばにいるサイコーにも聞こえているにちがいない。(俺、酷い男だ)しばらく勝手にしゃべってそれから三吉はひかえめに、今日、会える? と聞いてきた。ちょっと迷って、いいよと返す。サイコーがぎゅっと目を瞑ったのが、視界の端にうつった。俺はじゃあまたあとでと言って、電話を切った。パタリ、携帯を二つに折って、俺はわざと硬い声をつくる。

「ばかだな、サイコーは」

返事のないかわりに、唇はきゅっと結ばれた。何度も何度も触れた、その感触はいまは、思い出さない。酷薄な喉は映画やドラマで見かける陳腐な台詞を吐いた。

「……俺が本気なわけ、ないじゃんか」

実際口に出してみると俳優とはちがって声の震えてしまうあたりが情けない。たぶん俺に役者は向かない。サイコーの顔は、もう、見られなかった。ゆっくりとソファの背もたれの方に身をひるがえす。

サイコーが、傷つけばいいと思った。俺なんかに触れられるのも嫌だと思えばよかった。これで最後に、できればよかった。

しかし現実はこんなにも虚しい、祈りにも似た拒絶はとどかない。

きっと腰を抱き締める手に力をこめた後ろの相棒はそんな俺さえわかっているのだ。震えながら必死で遠ざけようとする俺の本心を、ぜんぶ、サイコーはわかっている。腹に回された手に、そっと、自分の手を重ねた。かなしくなるほどぴたりと、重なった。ごめん、ごめんなと俺はあやまった。三吉のところへは今日は行かないと言ってあやまった。サイコーは黙って、聞いていた。


(このちっぽけな祈りと絶望を)



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シューサイ習作
秋ですね、さむいです

(2009.1025)