ショタでパラレルです


子どものなぐさめ方を知らない。親類に年の離れた子はいないし、編集者という仕事と小学生とはほとんどかすらない。

俺は迷っていた。目的の作家の家を出ると隣家の子と思われるランドセル小僧が住宅街の真ん中に立ち尽くし天を仰いでいる。大きな庭付きの一軒家の前、震える小さな手で何度もインターフォンを鳴らす少年はどう見ても鍵を忘れた鍵っ子。(…いや鍵を持ってない場合も鍵っ子っていうのか? まあいいか、)そしてその瞳に必死にこらえた涙を発見してしまった間のわるい俺。その距離約、1、2メートル。見なかったふりをして最寄り駅にもどるには、ぷるぷる震える校章つきのひよこ帽は情けなさすぎた。つかの間迷い、けっきょく少年にそっと歩み寄った。

「きみ、ジャンプ読む?」

振り向いた少年のきょとんとしたつり目に俺は内心で後悔した。もっとましな呼びかけがあっただろうと思ったがとかく涙は多少引いたようだったから、まあ、いいやと思った。


平丸と名乗った小学生を連れ、駅ビルのフードコートの一席に落ち着いた。ここなら人目も少なくないし、平丸くんも安心だろう。

俺は悪意がないからまだいいが、知らない人に簡単についてきちゃいけないんだぞ、神妙な面もちを作って言うと、向かいのイスに座り細い足をぶらぶらさせながらアイスをちびちび舐める少年は俺を見上げ、おじさんが言っても説得力ないですよと生意気に返した。おじさんじゃなく大学出たてのピチピチのお兄さんだ。薄く睨みながら諭すと名前を教えた少年は俺を吉田氏と呼ぶことに勝手に決めた。吉田氏、吉田氏。満足そうに連呼しながらストロベリーをちろちろ舐める姿に脱力する。俺はなにをやっているのだろう。平日の午後、仕事の真っ最中にフードコートで小学生の相手をしながら隣の席の主婦たちにちらちら見られたりして。(まあ今週は一息ついたところだったのが、唯一の救いだったけど)

しかしいつまでここで子守をしているわけにもいかない、親御さんは何時くらいに帰ってくるの、尋ねると平丸くんは顔を曇らせる。おそらくいつも遅いのだろう。ため息をつき、俺は編集部に電話をかけた。今日はもどりが遅くなる旨連絡して携帯をとじると平丸くんのつり目はキラキラとかがやいて俺を見つめていた。暗い外に放り出されないとわかり、安堵したのだろう。ませた話し方の子だったが案外子どもらしい顔もするもんだ、かわいい気持ちになって親が帰ってくるまで一緒にいてやるからなというと平丸くんは笑い、じゃあ安いアイスでも我慢してあげますとニコニコ言った。短い姫カットを思わず引っ張ってやりたい衝動に駆られたが俺は大人なので、脳内で平丸くんのサスペンダーを持ち上げて思いきりぐらぐら揺する想像をするだけに留めた。

空になったアイスのカップを置き手持ち無沙汰になった平丸くんをシート席に呼んで、封筒に入れていたジャンプを机の下で取り出す。平丸くんは小さな身をかがめて覗きこんだ。ほんとは知らない人に見せちゃいけないんだ、特別だぞ、俺と平丸くんだけの内緒だからな、あらかじめ言うとハイ吉田氏僕ないしょにします、嬉しそうに平丸くんは小さく手を挙げてみせた。秘密結社に憧れた小学生時代を思い出しながら俺は表紙をめくった。

驚いたことに平丸くんはマンガを読むのは初めてだという。俺がこのくらいの頃、毎週小銭握りしめて近所の早売りの本屋に走っていたのとはえらい違いで驚いた。ジャンプを、とは言わないがなにかしらは読んだことあると思っていたが、聞けばご両親がそういったものはあまり与えない家庭らしい。厳しいわけでなく活字の方を好むだけで、週1で図書館に連れて行ってくれるのだと平丸くんは話した。

だから妙に大人びた口調で生意気なのかと俺はひそかに納得した。今失礼なこと考えたでしょう。するどく察した少年の頭を撫でてほらワンピースだよ有名なマンガなんだアハハ、ごまかすと平丸くんは幾分納得いかない顔で、しかしマンガが気になるのか視線は俺の膝にふいと落とす。幼い手がページをたどるのがかわいらしかった。

フードコートの終了時刻が近づきビルを出ると春の夜風がふるりと冷たかった。まわりを多少きょろきょろ見回して、同じように身を震わせた平丸くんの手をそっと握った。身長差のある俺と平丸くんがつなぐと不恰好で、子どもは思いきり腕を上げないといけなかったが見上げる視線は満足げだった。通い慣れた作家宅を目指してなるべく明るい道を平丸くんの小さな歩幅に合わせて歩くといつもの倍時間がかかったが、ランドセルの跳ねるのを見下ろしながらゆく道は、いつもの倍くらいは、楽しかった。

そうして戻ってみると未だ家の明かりはついていない。自宅が近づくにつれまた平丸くんの顔がくもるのではないかと心配になったがあいかわらずニコニコしているので、俺はほっとした。

格子状の門の前に並んで両親を待つ。表札に書かれた明朝の「平丸」を見て、ああなんだ名字だったのかと一人納得していた。(ずいぶん平安じみた名前だと思っていた。

退屈そうな平丸くんとしりとりをして待つ。小学生らしいめちゃめちゃな単語(というよりもはや文章)を平丸くんは使ったが、特にそれをとがめることもしなかった。

時計は九時を回り、しりとりのネタも尽きてきた頃しゃがみこんだ平丸くんがぽつりとこぼす。ご両親は共働きで、いつも帰りが遅いのだそうだ。待つのは慣れっこだから寂しくはないですけど、と言うのはどうにも強がりにしか見えなくて、俺は黄色い帽子の上から小さな頭を撫でてやった。ごわごわしますよ、平丸くんは笑い、それからふと俺の向こうに目を移した。釣られて振り返る。スーツの男女が歩いてくるところだった。パッと平丸くんが立ち上がって駆ける。ああ、あれがと立ち上がると、どうやら事情を聞いたらしい両親がこちらに頭を下げる。会釈した。平丸くんが嬉しそうに俺を指差している。なんだそんな愛嬌があったのかと俺は笑った。

ご両親は家に上がるよう言ったが丁寧に辞してとなりに仕事で出入りしている人間なのだと身分を話し、これからまた何かあれば預かりますよと言うと折れそうなほど腰を深く曲げて礼を言われた。平丸くんはキラキラした目で俺を最後まで見つめ、玄関の閉まる間際まで小さく手を振っていた。ドアの間に髪がはさまり慌てているのがいとおしかった。見られてないよな?とこっちを確認しさらにあわあわする、そんなようすも。

平丸家を背にして歩き出しながら携帯を取り出した。さっきまで打ち合わせしていた隣家の作家にかける。急な用事を思い出したんで次は何日に行きますね、告げると作家はそうですかとうなずいていたが、俺の用事は、本当はそれほど急ぐ類のものでも、なかった。

見上げた空にはひよこ帽と同じ色をした星がきらめいている。


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身内物A
(2011.0403)