(うわ、どうしよ、)
お腹すいてるのと数度大声で聞けば面倒くさそうにうなずいたからのろのろと、最寄のセブンイレブンに弁当買いにやって来た。お弁当からスパゲティー、うどん、握りずし、ぐるり一通り見回して首を捻る。しまったこんな半端な時間にくるんじゃなかった、昼を外したせいでむだに在庫が多くて迷ってしまうじゃないか。

うーんうーん、考えたあと紅鮭弁当とからあげ弁当手にとってレジに向かう。さして好き嫌い言う子でもない、まあどちらかは食べるだろうと、財布開きながら考えふと、気づく。(つい先日まではこんなこと、気にもしていなかったじゃないか)苦笑。(…まあ、仮、恋人だし、ちょっとは気も、遣うよな)レジの店員はすこしばかり不思議そうな目をして、温めたお弁当を僕に渡した。冷めないうちに、帰らなくては。ふたり分のお弁当提げてそそそくさと、僕はコンビニを後にした。


数日前、原稿をあつめて渡しながら新妻くんがおもいだしたように言った。雄二郎さん好きです。その場はハアありがとうと流したけれどそれがまずかったらしい。いつのまにか新妻くん的に、僕と彼は一般的なお付き合いしている関係にまで、発展していたらしい。昨日、言われておどろいた。え、ちがうんですか、僕はそのつもりでしたケド。けろりと言われてはなんだか文句を言う気も失せてしまう。むこうがそう思っているからといって、別段、不便があるわけじゃないし、まあ、いいか、というのが結論。なにか困ったら、そのとき考えればいいのだ。今しかない今をだいじにしよう。(あれこれって、ちょっと名言じゃない?)今日は冬のくせにめずらしくぽかぽかしているし、いいお天気だし、野良なのに愛想のいいトラネコにも遭遇しちゃったし。なんか、いいことありそう。

鼻歌でも歌ってしまいそうな気分でもどった701、さすがに朝から食べずにお腹が空いたのか、居間のドアを開けるとそわそわと新妻くんが寄ってきた。めずらしくオーディオは切れている。

「原稿もう、終わったの?」
「はい」

ずいぶん早かったなと思いながらビニル袋を差し出すと新妻くんはのぞきこんで、ひょいと顔を上げる。

「雄二郎さんどっちがいいですか」
「え、べつに、新妻くん好きな方選んでいいよ」
「そうですか、うーーんと、」

ふたつ取り出してきょろきょろと、おかず見比べているのがなんだか年相応でかわいい。冷蔵庫から麦茶を出しているあいだに新妻くんは床にぺたりと座り、紅鮭弁当に箸を伸ばしていた。

殺風景な仕事場の床、コツ、コツン、コップを並べて僕も座る。本当は、ソファやらテーブルやらは欲しくないかと聞いたのだが興味ないらしく、新妻くんちの居間には未だ、作業用の机以外にまともな家具はない。おかげで広いフローリングはひやりと、冷たかった。

パカリ、からあげ弁当の蓋を外すと鮭の皮剥がしながら新妻くんが僕を見る。やっぱりこっちがよかったのか? と思えばぽつり、マカロニとお漬物交換してもらってもいいですか。子どもじみたところがいくらか恥ずかしいのか、こういうときばかりはぼそぼそ話すのに小さく笑いながら、いいよと、僕はやわらかいキュウリを新妻くんのご飯の上に運んでやった。

「好きなんだ?」
「え? あ。はい、好きですよ、雄二郎さん」
「! い、いや僕じゃなくて、」
「? なんです?」

漬物が、ってことなんだけど。ストレートな言葉にいくらか恥ずかしい気持ちになりながらもごもごと、言うと新妻くんはきょとんと目をまるくした。(あれ、ちがうの?)

「…べつに、特別好きってわけじゃないですケド」
「え、じゃあ、なんで、」
「雄二郎さんはマカロニサラダ、好きです」
「………あ」

なんでしってるの、とは、聞かない方がいい気がした。問うたならこの子どもはきっと、至極真っ直ぐな目をしてこういうのだ、だって僕雄二郎さん好きですから。なんてわかりやすい、生き物だろう。
僕はその一言でたぶん、だいたいのことを察したのだとおもう。どのくらい新妻くんが僕のことを見ていたかとか、思いやってくれているかとか、そういうこと。(やばい、これは、まずい)

「雄二郎さん?」

交換しないですか? 新妻くんが首をかしげるのが気配でわかった。なんだか年下に気を遣われてしまい気恥ずかしく、どうにも顔は、上げられなかった。箸を握り締めたままの僕にあきれたように、冷めちゃいますよと新妻くんは、言った。(どちらかといえば冷めなくなりそうで困っている、ところ、なんだけど)

そうしてしばらくして新妻くんはぽそりというのだ、ほんとは雄二郎さんとご飯食べたかったので、早めにがんばりました。ああほんとうに、まずい、予感がする。

(一方通行でなくなってしまう日は案外、近いかもしれないから)


(2010.0123)