正座というのは昔から苦手だった。じいちゃんは元警察官で、叱るときはかならず僕に正座をさせた。年寄りの話は長い。いつかの冬、悪さをして怒られているあいだに、足がしびれて立てなくなったこともあった。そうしてそれ以来お仏壇のおまんじゅうは勝手に食べなくなった。

末端からじわじわと、重圧のかかっていくあの感触がきらいだ。ふくらはぎが詰まって、なんだからあごがむずむずしてくる。それで、だから、つまり、

「僕は、そろそろ足を、崩したいんだけどさ、新妻くん」
「そうですか。でも僕はまだこのままがいーです」

太ももの上傲慢に占拠した小頭が言う。左手は膝を撫でながら。(まったく三十近い男の膝なんかなにが楽しいのかな! 俺にはわかんないな!)ふうう、深いため息をつくときゃっきゃと膝枕された新妻くんが笑う。なにがたのしいの、ほんと。雄二郎さんの匂い食べてるみたい、そう言って子どもはわらう。僕にはよく、わからない。

家にやってくるなりこの状態で、しょうじき僕は、困惑していた。新妻くんが僕になにかこういった頼みごとをすることはほとんどないから、たまにこうして付き合っているけれど、その意図は知れない。もう早く原稿でもなんでも描いてくんないかなあ、床、かたいし、足、どんどんしびれてくし。

もしかして、寂しいの? あてずっぽうで聞いてみる。となりにはすっかりキレイになったスカスカのアシスタント用机がある。数日前までは福田くんと中井さんがつかっていたが、連載のはじまりとともに荷物をまとめて出ていった。雑然としていたから物がなくなっただけで妙に、きれいに見える。新妻くんの返事はない。とりあえずの話を僕はつづける。

「また新しいアシスタント、来るからさ。今度は三人、頼んだから」

一度にいなくなることも、ないとおもうし、ね? うかがうようにのぞきこむと、ゆっくりと目蓋を上げた少年はようやく唇をひらく。

「…イエ寂しいですが、一緒に連載なので寂しくないです」
「? じゃあ、なんで、」
「アシさんいるといちゃいちゃできないので、いま、してます」

そう言ってジーンズの上からまた足を撫でる。口元がひきつるのが、よく、わかった。(まったく人が、心配すると、これだ! この、子どもは…!)膝小僧が膝から独り立ちしていく話とかおもしろいです。そんなこと言いながら無邪気な子どもは膝頭を指でとんとんとん、押す。(ちょ、やめ…もう! くすぐったいから!)止めたいけれど身を動かしたら新妻くんの頭を床に落としてしまいそうで、なんだかできない。ちょっとくやしい。(くそ、今日は夕方まで居座って一緒にご飯を食ってやる、食べるんじゃない、たかるのだ。一緒に食べたいとかそういうのではない)

ひとしきり膝から太ももにかけてをなぞると、満足したのか新妻くんは寝返りを打ち、ぐいと下腹に剥き出しのおでこをを押し付けた。ぐり、ぐりぐり。ぎゅうと、両手で腰を抱いてひどくしずかに、呼吸をくりかえしている。

「どうしたの」
「雄二郎さん」
「ん?」
「雄二郎さんは、いなくならないでくださいね」

一緒に連載できないですから。新妻くんはそう言ったけれど、たぶん、シャツのすそを固くつかんだ指がその本音だった。さらさらとさわり心地のいい髪を撫ぜながら、こんな大きな子どもの世話見る仕事なんて、他の人やらないよと言ってやるとそれはうれしそうに、新妻くんは、わらった。数年付き合ってようやく手に入れたこの表情を他の人にゆずりわたすなんてそんなこと、僕は絶対にしないのだ。

(ていうかねえ、ねえお願いだからそのまま寝ないでくれよ、ほんと、まじで! ―――っああ、遅かった…!)

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付き合い出して二年半くらいかな?
飛びすぎだよね^^
間をこれから補完するの! たのしみ! わーい!


(2010.0128)