雄二郎さんは、ずるい。聞いたことないけど絶対親戚の中では一番下だと思う。ちゃっかりしているからだ。

この前だってぐつぐつ唸る土鍋の中、僕が大切に待っていた最後のきりたんぽを食べてしまったし、財布を出すのが面倒くさいとよく僕の経費用封筒からチャリンチャリン払う。後になってこれとこれ買ったから、と言うのが甘酸イカや一口スルメだったときには思わず無言で見つめてしまった。あごめん、パッと財布出なくてさあ、頭かきながら笑うようすはまったく反省しているように見えなかった。

そのくせ、だいたい千円を超えるものは自分で買うのでヘンだと思う。べつに僕は自分でお金を使う用もないから、雄二郎さんが好きに使ってくれるのが一番いいんだけど、二百円三百円がゼロを六つ増やすにはどれくらい甘酸イカがいるだろうと考えると気が遠くなる。どうせならテレビとかドカッと買えばいいのに、雄二郎さんはそうしない。ひとくち分だけ甘えられている、微妙な距離を感じてもどかしかった。



その甘えもずるいと思う原因のひとつだ。雄二郎さんは大人のくせに僕に甘えてくる。たとえばべたべたくっつくとか、そういう想像しやすいやつならいい、雄二郎さんの甘え方はいつも複雑なので困る。

だって僕に電話をかけたり家に来たりするだけで、雄二郎さんの「甘える」は終結してしまうのだ。これは本人にどんなかたちで聞いても(たぶん大人のプライドとかいうののせいで)絶対答えてくれないが、当たっていると思う。

雄二郎さんの電話の開口一番はきまってこうだ、「新妻くん、原稿どうかな? はかどってる?」僕はいつだってハイと返す。それはまるで先生の流暢なハウアーユーにむかってアイムファインセンキュー、中学英語の授業でン百回繰り返した文句に似ている。

僕の仕事は滞ったためしがないのだから、はかどってる? なんてわざわざ電話をかけてくるのは、ヘンだ。僕がハイと言ってからももごもごとてきとうな話題を探しているのはもっとヘンで、僕がきちんとご飯を食べているだとか、ゴミを出しているだとかそういう他愛ない報告をすると途端に嬉しそうに声音を上げるのはもっともっとヘンな話なのだ。それじゃただ声が聞きたかった話がしたかったと自分でばらしているということに、どうして気がつかないのだろう。

忙しいのにわざわざ時間縫って僕の家までようす見にきて、僕が音楽を消して振り返るとたぶん嬉しいのにそれを必死に隠そうと唇を噛み締めた表情は健全な僕にはいやらしいものに見えてしかたがない。だからつい手を出してしまう。ちょっと僕昨日お風呂入ってないよ、慌てる両手を床に押しつけて僕は二日です、胸を張ったせいで雄二郎さんに怒られてしまう。そうしてその叱咤をむぎゅうとふさいでしまうのだ。

だから本当は、誘うのはいつだって向こうからなのに、雄二郎さんはいつも新妻くんから触ってくるんじゃないかというのでずるいと思う。もっとこう、たとえば後ろから抱きついてくるとか(絶対ないけど)自分からちゅーしてくるとか(もっとないけど)してくれたら、雄二郎さんが誘ったですと言い切れるのに、ずるがしこい大人はけっしてそんなことはしない。だから僕ばっかり欲しがっているような気がしてしまう。

雄二郎さんはずるい、そうやって、何回寝たって本意でなかったことにしてしまうし、やられているのだって僕の力がつよいからだという。(悔しいけど身長も体重もちょっとずつ負けているし、骨格だって、ちがうから、)本当は本気を出せば僕を撃退するくらいできるに決まっているのに、それでも雄二郎さんは僕がわるいという。ときには二回三回キスしただけで背中に手を回してくるくせに、だ。しかたなくやられてやってるんだよ、新妻くん。被害者ぶって大真面目にいうそのセリフはせいぜい4月1日くらいにしてほしいと思う。僕はたぶんおせじにも上手とは言えないから最後は自分から動いているくせに。ずるい上に嘘つきだ。



でも本当にずるいのは絶対に、僕を好きだとは言わないこと。何回聞いたってどうかなあと笑うだけ、あんまり困らせるんじゃないよと逃げるだけ。そのくせ、ごめんと頭かく仕草も電波越しの声も、目が合ったときの表情もひどい嘘でさえも、僕のこと、好きだと叫んでいる。その声は大人のくせにあんまりまっすぐなのでどうしていたって聞こえてしまう。きっとこれが雄二郎さんの一番ずるいところだ。

…ちがった、それは二番目だ。そういうずるいところに僕が弱いと知っていてわざとあらためない雄二郎さんが一番ずるくて、だから、僕は、一番好きだ。


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お読みいただきありがとうございました。

(2011.0222)