「あ、雄二郎さんもう帰るです?」
「ん? ああ、そろそろ他の人と打ち合わせだから」
「そうですかお疲れさまです」

それだけ言ってまたシュピーンとズガガの世界、新妻くんは沈んで行った。あいかわらずだな、思いながら鞄を持ち上げ騒々しい作業机に背を向けた。

立ち止まったのは、入り口に無造作に置かれたゴミ箱の視界に入ったときだ。ぐしゃぐしゃに捨てられた丸まった書類の明朝体に目を落としてしまった、ときだ。

題字でもわかるが、しゃがみ手に取ってみればやはりそれは、授業参観のお知らせなのである。ちらりと、後ろを振り返った。いつものようにがむしゃらに、机に向かっている新妻くんがいる。しかし俺はそのとき初めて、その背中の小ささに気がついた。

(・・・16歳、なんだよな)

先生と呼ばれているがまだ、高校生、高校生だ。ふつうに数学に嘆き体育にはじける高校生なのだ。

そうして、あ、と気がついた。ひょっとすればさっきの帰るんですかは、あるいは寂しかったのかもしれない。本当は、呼び止めたかったのかもしれない。(だってまだ、16歳だ)

新妻くんはどんな気持ちでこの紙を捨てたのだろう、そう思うとにわかに帰り難くなった。(俺が16の頃ってなにしてたっけ? ・・・・・・担任に悪態ついてバイトしてマンガ読んでだらだらしてた記憶しかないな・・・)

ため息をついて俺は心の中、担当を待つ福田くんにあやまった。

(福田くんごめん、ネームはまた明日だ、ごめんメシおごるから許してくれよな)

そうしてまた作業する新妻くんのとなりにもどる。腹に力をこめ声を張った。

「新妻くん!」

ぺひゃっ? 妙な擬音発し新妻くんは飛び上がる。そうしてあわあわとオーディオを切った。

「雄二郎さんまだいたです?」
「ああ、それよりこれ、今週末だって? 俺でよかったらスケジュール空けるけど、」
「え! いいです別に、」
「・・・遠慮しなくてもいいんだよ?」
「いえ、いいです。雄二郎さん来ても僕の親戚に見えないでしょうし、」
「! いま何で頭見たのなに天パとは親戚になれないってこと!?」
「・・・・・・・・いえちがいますケド」

ごまかすように新妻くんは原稿に向き直る。(ったく人がせっかく心配してやったっつうのにこの子は!)俺はイスを持ってきてそのとなりに座った。

「え雄二郎さん帰らないです?」
「ああ、今日はね」
「ふーん、そうですか」

興味なさそうにうなずいた新妻くんはその日、なぜかもうオーディオはつけなかった。


(2009.0629)