わるいね新妻くん、突然お邪魔して。また吉田氏が追いかけてくるものだから。まったくひどい雨だよびしょびしょだ、ああタオルを貸してくれるんですかありがとう。え? 僕が勝手に取っただけ? 気のせいだよ。お茶も出してくれるの? 緑茶がいいな、・・あ、ある。いただきます。

あ、気にしないでいいよ新妻くんは原稿をどうぞ。・・・気になる? 置物だと思ってくれればいいから。お茶も勝手に沸かすし。

フー、雨の中走るものじゃないな、あれ結局原稿はやらないの? ・・・ああそう、わるいね。まあしばらく置いてくれ。

ん? ああ今日は、一通り原稿にめどがついたから逃げてきたんだよ。僕がそんなにだらしない大人に見えるか? 心外だな、いつだって描きたくなくて逃げてるわけじゃない、今日は個人的な嗜好のために逃げてきたんだよ。


あ、この緑茶おいしいねどこの? ・・・・ふーん、聞いたことないな。そういえば吉田氏は、お茶を入れるのが苦手でね、他のことはけっこう器用にこなすんだが急須から湯飲みにそそぐのがとても下手なんだ。いつもこぼして慌てて布巾で拭いている。だから僕もつい温かいお茶を頼んでしまうんだけどね。

・・・いやだな僕はお茶くらい入れられるよ、家事だって、やろうと思えばできないわけじゃない。一人暮らしは長かったからね。でも吉田氏がトイレ掃除したりお皿洗ったりしてるとこ見るのが好きなんだ。ああそう、彼は自分はふつうにコンビニのもの、カロリーメイトとかで済ますくせに、僕にはなるべくきちんとした食事をさせるって言い張って、忙しいのに三日に一度はきちんとした料理をつくるんだ。出来合いの惣菜もわざわざお皿に移す。

なんか、そういうのかわいいじゃないか、いい年した男が僕のためにせっせと家事をしているの、萌えるよ。ためしにエプロンを買って置いてみたら、ちょっと戸惑いながら、女ができたのかと僕に聞いてきた。吉田氏用ですよと言ったら無表情だったけど多分よろこんでいたな、その日の晩ご飯は僕の好きなものだったから。・・なあ新妻くん、かわいい男だろう? 君にはあげないけどね。

可愛いのになんで逃げるのか? 逃げて逃げて、追いかけてくるのを確かめるのが僕なりの、愛情表現なんだよ。あの傍若無人な吉田氏が、僕がいないと必死で方々に電話をかけるところがたまらない。僕が一度電話を無視しただけでもひどく怒るんだよ。居留守を使ったら覗き穴の向こうで一瞬寂しそうな顔をしてから目をとがらせるんだ。吉田氏お断りと、玄関に貼ったときは見物だった。極力表情を変えないようにしているんだが右頬が動いて、ちょっと泣きそうなんだ。吉田氏の泣き顔はたまらないよ、歯を食いしばっているところがいい。・・・まあ、子どもにはわからないだろうけど。

あれどうして背中を押すの、新妻くん、そっちは玄関、え、惚気は聞き飽きた? 惚気なんてひとことも、・・・! き、きみ吉田氏に僕を売ったのか・・! というか吉田氏雨の中追ってきたのか髪がびしょびしょだ、ああほら、耳にかける仕草がかわいいだろう? きみものぞくかい? っうわ! ち、ちょっと押さないでく、! よ、吉田、氏・・・! 怒らないでくださいよ今週は頑張って真面目に原稿も描いたじゃないですか、え! コミックスの表紙! こ、今週でしたっけ・・・! みみ、耳を、引っ張らないでください・・! 新妻くんおじゃましました・・・!


(そういえば新妻くんどうしてあれから電話に出てくれないの?)


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平吉かわいいよ平吉
この書き方むずかしいですね
(2009.0811)