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だいたいきみは、理想が高すぎるんだよ。僕がいうと平丸くんはちらりと、原稿に励むアシスタントの背を見てから、ふんと鼻を鳴らした。学芸会は、これで終わりといいたいのだろう。くるりとイスを回してカリカリともどった。

紺色の本は、引越のときに処分した。そしていま、あたらしい平丸くんの部屋には数枚の見合い写真がある。彼の祖母が送ったものではない。俺が持ってきたものだ。

実家に宛てたお歳暮の挨拶、日ごろ平丸くんには世話になっている、ついては彼に恩返ししたい、僕の方でいい人を紹介したく思う、これからもよろしくという旨書いて添えた。

お返しはひどく豪華な詰め合わせと達筆に目の滑る縦書きの手紙が一束。そのかわりぴたりと紺色の本は来なくなった。さすがに、おばあさんすみませんと思いてきとうな写真を手に入れては気まぐれに渡してみせるようになった。ときには今日のようにアシスタントの前で渡してやり、きちんと平丸くんの嫁さんを捜しているような、ふりをした。

彼の家族を騙しているのには気が引けたが、平丸くんだって共犯なのだから俺ばかりが責められる由もないだろう。

「なあ、平丸くん」
「…なにがですか」

いじいじと俺の臍を舐めしゃぶっていた男が顔を上げる。(よだれ垂れてるよ、だらしない)

「俺ばっかりわるいんじゃないってはなし」
「なにをいっている、吉田氏は悪人ですよ」
「じゃきみもおんなじだ」
「はい、そうです」

うなずいてまた、平丸くんは俺の腹に視線を落とした。(そんなに俺の腹が好きなのか?腹フェチめ)脇腹をたどられるのも肩口を食まれるのもなかなかそそられたがいい加減その指を下ろさせたくて、ジーンズのボタンに手をかけた。するとひどく俊敏な挙動で阻まれる。なんでと聞くと鼻息荒く、平丸くんは言った。

「嫌がるのを無理やり開かせるのがもえるんじゃありませんか」
「きみ陵辱もののAV好きだな」
「男なら当然ですね」

勝手に脱がれちゃ困る、そう言って床に落ちていた俺のシャツを拾い、器用に両手を縛った。へんたいめ。身じろぐとソファがギイと鳴いた。いいながめですね、変態がいった。


新居にはぜひソファを買いたいと、主張した理由はきっとこういう不埒なことをしたかったせいなのだろう、突っ込まれいいようにされながら思った。証拠にこの家に来てから、ベッドに連れてかれたことはほとんどない。アシスタントが帰ると待ちかねたと言わんばかり、襲われることが多かった。手軽さがいいといつか言っていた。

「あ、」
「…っなんですか、吉田氏」

今日、なかにだしてもいいよ、喘ぎの中いうと、平丸くんは目を見開き、それからくっと息を詰めた。あつい。まだまだ若いな、平丸くん。白い思考のなか、そんなことを思った。
覆い被さった細身の離れる拍子に、どろりと垂れる感覚がある。自分から言ったくせに、気持ちわるかった。こんなもの受けとめている女性ってすごいな。
呼吸の落ち着いた平丸くんは身を起こし、皺の寄ったワイシャツを、皺の寄った眉間で見つめていた。

「…ごめんね、俺が産めたらよかったんだけど」

そういうと平丸くんはさらにしわくちゃの、すごく嫌そうな顔で、いった。

「親子二人がかりではたらけはたらけと叫ばれるなんてさいあくだ、ごめんこうむる」
(そりゃ、そうだ)

「ねえ手、ほどいてよ、ひっぱたきたいから」
「…嫌です」


(2009.1117)