寒くないんだろうか、余計な心配しながら初冬の駅前、せっせせっせとティッシュを配る金融のお姉ちゃんをちらりと見た。目が合ったお姉ちゃんは大胆なミニスカをひらひらさせて歩いてくる。こんにちは、なんとかなんとかです! 早口過ぎて聞き取れない店名とともに差し出されたティッシュは、俺でなく隣の男がすかさず受け取っていた。キミどこの支店のコ? 可愛いねー、当社比二倍程度に鼻の下を伸ばして絡む男の首根っこひっつかみ、赤に変わりかけた信号をズカズカ対岸に渡る。

卑しい男は襟を離されると恨みがましい目で男をじっと見ていたが、その先に今度はキレイなOLのお姉さんを見つけたとみえて、ふたたびだらしなく相好を崩していた。安易な平丸くん、目線は第三者から見てもはっきりわかるくらい、ストッキングの美脚を撫で回している。変態め。

ハイハイさっさと帰って仕事仕事。サスペンダーはリードのかわりにたいへん重宝すると知ったのは奴と仕事をするようになってからである。


二○一に帰ると平丸くんはいつになく早急にせがんできた。玄関を閉めるなり腰に巻きつかれてさすがに多少おどろく。どうしたの、平丸くん、問いかける声は唇のあいだに閉じ込められた。安アパートでは外に聞こえるだろうに、犬のように盛る男は廊下に俺を引きずり倒した。ゆるく抵抗したが骨ばった手で両目をふさがれ戦意を喪失してしまった。平丸くんは一度最中の声をこらえる努力を心底味わえばいいと思う。(いや俺は抱きたいとは微塵も思わないけど)ぼんやりとした思考はだんだん熱に覆われてやがて消えた。


軽く気をやっていたのか、起きたときには作業部屋の布団に寝かされていた。日干ししてない、ちょっとじめっとしたいかにもな男の布団。のろりと顔を横にやれば平丸くんが畳に座って煙草を吸っている。汗でだめになったのか、部屋着に着替えていた。作業机の端にちんまりと置かれた灰皿に燃えかすを落とすと、視線に気づいたのかこっちを向く。

溜まってたの? 単純な疑問をぶつければべつにと、すげない返事がかえってくるだけである。それぎり黙り込んだところを見ると話すつもりもないらしい。まあいいや。起き上がると多少くらりとした。手の甲で目蓋をこすると、大丈夫ですかと平丸くんが聞いてきた。さっき押さえつけたのを、いくらか気にしているのだろう。べつに、平気だよ、そう言うと男はふうんとうなずき、短くなった煙草を退屈そうにもみ消した。乱雑に散らばっていた冷たいシャツに腕を通しながら、こちらに向けた薄い背中に言う。

「顔、見たくないなら後ろからやれば?」
「…は?」
「今日もだけどさ、平丸くん、やってるとき俺の顔、見ようとしないじゃん。萎えるんだったらうしろからでもかまわないよ、俺」

ボタンを留め終え顔を上げると、振り向いた男はなんだかひどくまぬけな顔をしている。どうかした? 首かしげれば気まずげに、もごもごと何事か言いよどんでいる。

「…平丸くん?」
「………でしょ」
「ん?」
「だって、顔とか見るの、…恥ずかしいでしょ」

今度は俺の方がしばらく、なにをいわれたのかわからなかった。数分してやっとじわじわと理解が追いついてくる。いつぶりだろうか、俺は照れた。猛烈に照れた。いい年したおっさんだがたいへん照れた。こいつはその辺のお姉ちゃんの太腿を平気で眺めるくせに俺の顔は見るのも恥ずかしいのか。なんだよそれ、まるですごく好かれてるみたいな、そんな錯覚に陥るじゃないか、くそ、平丸め、平丸のくせに、平丸め。

そうしてなんだか調子のおかしくなった俺はいつもなら絶対に言わないようなことを提案してしまう。平丸くんもっかい、する? 案の定調子に乗った男は尻尾を振ってしがみついてくる。しかたないので思い切り頭をわしわしと撫でて、背中から布団に逆戻りしてやった。


道ゆく女性にいちいち吉田氏がやきもち妬いてたのでなんだか今日は燃えました。行為が終わったあと男は言った。なんだそんな理由だったのか、俺は笑ったが、単純さではどっこいどっこいなのは、まあ、わりと気づいていた。


(2010.1124)