着る服がなくなった。梅雨である。吉田氏に泣きつくと有無を言わさず最寄りのコインランドリーに連行された。

ランドリー自体は盛況であったが長時間放置している利用者が多いのか、僕らの他には無人である。

原稿は昨日終わったばかりで、ガラス壁沿いのイス並んで座ると外に停めた車をちらちら気にしながら次のネームの話をする。話を、といったって季節にはまだ早い半袖一枚の僕は膝抱えて腕さすっているだけ、ほとんど吉田氏が一方的に喋っているだけなのだが、僕はそんな他愛ない時間も嫌ではなかった。

ランドリーのガラガラいう音に負けないよう、吉田氏はそれはいっしょうけんめい話す。だからね、きこえてる? 平丸くん、何度も尋ねてくるのがおかしくてついつい笑いながらうなずいてみせる。吉田氏は幾分納得いかない顔であったがどうやら打ち合わせは一段落したらしい、はあと息を吐いて表情をリラックスさせた。ゴウンゴウン、すすぎにシフトしたランドリーの音ばかりがいくつも響く。

吉田氏がふりむいた。

「平丸くん、さむくない?」

自分のパーカーをかるくつまみながら言うに、貸してあげようかという意味なのだろう。しばし逡巡し、今度は首を横に振った。吉田氏だってさすがに下は半袖だろうと思ったからだ。出会った頃のようにわがままばかり押しつける季節はもう過ぎた。僕がごねるたび見せる困った表情はそれはそれで、好きだったがやはり笑っているのが一番いい。

「無理して夏風邪なんか引くなよ、きみバカなんだか…っと失敬」
「ちょっと吉田氏きこえてますよ、今わざとそこで切ったでしょう!」
「なんのことかな、あ、ほらもうちょいで乾燥終わりそうだぜ、」

ハハハ、笑いながら言われてもなんの説得力もない。僕が露骨に拗ねてみせると、今日は夕飯なにかしら作ってやるから機嫌直せよ、僕の扱いなど心得ている吉田氏に今日も絆される。うどんが食べたいです、ぼそりとリクエストすると吉田氏はわざわざ聞こえないふりをした。見え見えの態度、ジーンズの上から太股をつねってやる。うわいて! 飛び上がった吉田氏はやったな、恨みがましい目でにらみつけると人のいないのをいいことにわき腹をくすぐるという暴挙に出た。ちょまずいですってば吉田氏! なんだよ平丸くんがわるいんだろ! 子どもじみたくすぐり合戦、しかし体力はどちらも並のおっさん級なので、数分もすればもう息が上がっている。真剣な闘いの末、吉田氏は息を乱しながら笑い言った。うそうそ、うどんにするってば。(なんだ、やっぱりきこえていたんじゃないか、吉田氏め、)

いくら時間が経っただろう、乾燥機を見ると本当にもうすぐ完了の機械音が鳴る時間である。吉田氏もそれに気づいたのか僕らの乾燥機をながめていて、その視界に僕は入っていない。タイミング見計らい、僕は言った。

好きですよ

ランドリーに勝とうという張った声などではない、小さな声はピーピーとひときわ大きなアラームの音にかくれて消えた。振り向いた吉田氏が首を傾げる。

「平丸くん、いまなにかいった?」
「――いいえ、なんにも」
「そう、じゃ洗濯物、たたんじゃおっか」
「そうですね、」

立ち上がり、あくびをかくすふりをして笑みをごまかした。

324回目の告白も気づかれず終わったが、僕はひどく、満足していた。初めのうちこそ僕のせいいっぱいの告白にちっとも気づかない鈍感さに憤ったものだが、最近はそんなところも吉田氏らしいと笑ってしまうのだ。むしろどこまで気づかないだろうと考えると楽しくなってくる始末である。他の出来事、こと仕事に関する件などたいへん鋭くあらせられるくせに、何十回何百回ことばで、目線で、行動で示したってかけらの好意にすら気づきやしない、この男の残念なくらいの鈍さもまとめて好きだと思う。

同時に妻のある吉田氏に対して僕の恋など切り株同様で、花の咲く未来もないのに年輪ばかり増えていくだけなのだからせめてどっしりした切り株にしてやろうじゃないかと、一種の諦観にゆきつくこともできた。

それからは吉田氏のことを思うのがすこしだけ楽になって、次はどんな風に告白してみせよう、考えるのもたのしくなった。こんな僕のひそやかな趣味を数十年後、もしも打ち明けたときの吉田氏の顔なんて想像するだけでお腹がいたくなりそうだ。くくっ、こらえきれず笑うと吉田氏が眉をひそめる。平丸くん、洗濯物たくさんなんだからさっさとたたんでよ。ハイ、吉田氏。

(僕の好きもたくさんなんだから、さっさと気づいてくださいね)


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吉田氏への気持ちを抱えながらも前向きにそれを楽しんでいく平丸をあっさり書いてみた


(2010.1230)