一週間来ないって、どういうことですか、僕が聞くと吉田氏は歯磨きセットや着替えをバッグに忙しく詰めながら言った。

「ばあさんがもう長くないらしい家族で温泉に行ってくる原稿は描け」
「! 吉田氏一人だけずるいです僕も腰が痛いので療養に、」
「お前はただヤりすぎで痛いだけだろむちゃくちゃしやがって」
「だって吉田氏が「言い訳するな」」

ぼふん、投げつけた枕顔面を直撃する。畳にころりと背から転んで、起き上がろうとすると吉田氏は立ち上がった。大きなショルダーを肩にさげ冷たく見下ろす。ゴジラとウルトラマンの抗争レベルでまずいことが起きたときだけ連絡しろ、言い残して吉田氏は去った。


吉田氏がいないから原稿は最初の三日で上がった。毎週逃亡に時間を割いているからぎりぎりになるのだ、吉田氏のいないのに逃げる必要がなかった。代わりの担当に家に来られるのも面倒で、郵送で送った。

終わった翌日はせめての腹いせにキャバクラに行った。一番人気の女の子が僕の漫画のファンだとかで、あっさりお持ち帰りできた。ラッキーだった。でも寝てもあんまり楽しくなかった。

次の日は雨で、布団から出るのが億劫で彼女を見送ってからはずっと水の音を聞きながら天井の染みを眺めていた。


そして六日目、今日、禁断症状が出た。僕は泣いたのだ。大の大人の、男のくせに。昨日の雨が上がったら今度は僕が降り出した。

明日になれば吉田氏は帰ってくると、わかっているのに何よりも、長い長すぎる二十四時間。

無意識の抵抗で物を入れていなかった胃は調子が変で、畳に転がったまま意識は微弱でただただ渇いていた。吉田幸司が枯渇している。ほとんど本能的に悟って、机に置き去りにしていた携帯を取った。なにか連絡がないかと開けたのに、吉田氏はメールの一件だって送ってきてはいなかった。薄情者め。

押し慣れた短縮の一番を、焦る親指で。数度のコールの後出たのは留守電だった。腹が立った。しばらくなんて文句をいうか考えたがちょうどいい言葉が見つからなくて切った。切ったあと、ああ寂しい早く帰ってこいといえばよかったのだと気がついた。かけ直すのは癪で、ふて寝した。


ゆっくりと、眠りから浮上して半分明るい、うすぼんやりとした視界、最初に感じたのは違和感だった。

固い、畳の上で寝ていたはずなのに、指先でたどる感触はシーツのそれだ。背中はやわらかく布団に寝そべっている。起きたのか、落ちついた声が耳朶を撫ぜた。なつかしい。

「よしだし、かえって、きたのか? ・・明日じゃ、なかったのか?」
「だってきみ、電話、しただろう(嗚咽混じりの、)」
「ん・・? したかも、しれない・・・」
「無言電話残しやがってまったく、(心配しただろうが、)地球規模の危機が起こったときだけ連絡しろって、言ったじゃないか」
「・・東京タワーがゴジラに破壊されるより、・・・・集英社がウルトラマンに踏み潰されるより、吉田氏がいない方が、ずっと問題だ・・・」

うるさい、一蹴されると思ったのに詰る声はかえってこなかった。数度まばたいて、ようやく目を開ければ布団の横には吉田氏が座っていた。

「ごめんな平丸くん」
「・・・ラッコが許しても、僕が許しません」

くつくつと、愉快そうに吉田氏は笑った。指先が僕のひたいに伸び、乱れた前髪を散らす。ほっとした。

「あ、そういえば今週は原稿早く仕上がったんだって? 聞いたよ、やればでき、うあ!?」

胸を突き畳に乱暴に。机の角で左肩を打った吉田氏がうめいてにらむ。身を乗り出し腹の上にのしかかった。うぐ、大きな息を吐いて苦しそうに唇の端が引きつった。

「ご褒美にヤらせてください僕は欲求不満です」
「っじゃあ、この、長い茶髪は、なんだよっ」

枕元、ゆるく巻かれた長い茶色、落ちている。数日前の、女の子のものだろう。名前はもう忘れてしまった。僕は目をそらした。

「・・・・・あんまり興奮しませんでした」

短く言ってシャツのすそをめくり上げる。ひたいにキスを落とすとセクハラで訴えるぞと担当は息巻いた。やれるものならやってください、言い捨てて耳をぺろりと舐めた。びくりと顎が持ち上がる。

「うあ! あっバカ、やめ、」
「ん、吉田氏匂いますよ風呂くらいちゃんと入ってください」


(くそ、お前のために高速ぶっ飛ばして帰ってきたんだっつーの・・・!)


(2009.0811)