めずらしく向こうから電話をかけてきたと思ったら、「吉田氏僕たまにはステーキが食べたいです」携帯を投げ捨てたくなった。しかし電話を切ろうとしたら弁解の声、「今週の原稿もう終わりましたから!」しかたなく愛想を取り繕って、「しょうがないな平丸くん原稿取りに行くから待ってろ」返事して、二〇一。

行けば平丸くんはいつもの格好ではなくめずらしくスーツなんて着て玄関の上がり口に、座っていた。いらっとして玄関をしめかけると慌てて「吉田氏! 吉田氏待ってください!」スーツになってもどこまでも情けない男。閉める直前に重いドアは止まって、その間、にゅっと平丸くんが顔を出す。

「す、ステーキ! 吉田氏、ステーキ!」
「うん駅前のスーパーで買ってきてやったから」
「! 僕は、高級店でいただくステーキがいいんです!」

子どものようにぎゃんぎゃんうるさいダメな大人、にらんでスーパーのビニール袋を鼻先に押し付けた。

「きみは、俺の作る料理では不満だとでも?」
「っ…! い、いいいいえ、そ、そういうわけじゃ、ありません、けど…」

そうだろうそうだろう、うなずいてズカズカ、平丸くんどかしスニーカー脱ぎ捨て廊下に上がる。おろおろする平丸くんは置いて作業部屋に直行、薄汚れた座布団に座り込んで(あー次来たら洗濯してやらないと、)まとめてあった原稿を手に取った。まず枚数、それから中身、確認すれば本当に出来上がっている。締切一日前だというのに、めずらしいこともあるもんだ。

なんだ平丸くん今週はずいぶん頑張ったじゃないか、背後に言えばはあだとか、煮え切らない返事がかえってくる。振り向いた。廊下とのあいだに立ち尽くししょげている。

「…そんなに高級店がよかったの?」
「いえその、いつもお世話になってるのでたまには僕が奢ろうかなって…あっいや別に、吉田氏にいいとこ見せたかったとかそういうわけじゃ! ないん、です…けど…」

尻すぼみ小さくなっていく語尾、いざってとき強気になりきれないだめな男。(本当は、きらいじゃない)俺はビニール袋持ち立ち上がった。

「平丸くん、そのスーツはやめておけ」
「へ?」
「いい店に行くにしては、皺がひどすぎるぞ」
「え、吉田、氏、」
「冷蔵庫にこれつっこんどくから、明日食えよ」
「っ吉田氏!」

飛びついてくるのを避けようとしたが荷物の重さで避けきれない。しかたなく俺は自分よりでかく、みっともなくよろこぶ男にぎゅうと抱きつかれた。というか本当はあまり、避ける気が、なかった。調子に乗るなとつぶやいた声は、はしゃぐ男に聞こえたかどうか定かではない。

(2009.0914)