(R18:ヤンデレ吉田注意)


洗面所カガミの前、白いコップにはいつからか歯ブラシがもう一本、増えていた。
同じ柄、同じ色、おそらく同じイチキュッパ、白に青いラインの一本入ったどこにでもある歯ブラシ。僕のものではない。というか、本当に同じ柄だからどっちがどっちかわからない、というのが正しい。買ったおぼえはないから吉田氏に聞けば、ああ俺のなんだと、吉田氏は言った。わかるように名前書いておいてくださいねといえば、ああうんわかったと気のない返事がかえってきた。そして未だに二本の歯ブラシに名前はない。

それからすこし経ったある日、僕は畳に置きっぱなしにしていた財布を取って気がついた。
同じ柄、同じ色、おそらく同じ値段、革の汚れ方にはいくらか差があるがそれ以外、僕のと瓜二つ、手のひらサイズの財布。僕のものでは当然ない。さすがに、中に入っていた保険証が自分のものじゃないから、区別はつく。吉田幸司。性別、男。生年月日、…ふうん、そうなんだ。住所、――住所。見間違えたのかと最初思ったが、そうではない。よく見知ったそれは僕の住所そのものである。郵便番号から末の二〇一まで一言一句。持ち主にどういうことだと問い詰めるとなんでもない顔で吉田氏は、嫌なのかと聞きかえした。ずるい質問だった。僕が答えられずにいれば吉田氏はすこし得意げに、そう、そういうことだよ平丸くん、と言って僕の頭をぽんとたたいた。それぎりその問答は途切れた。

とうとう携帯まで、着信音のちがうシルバーを持ち上げ居間からもどってきた吉田氏に渡しながら僕は思った。
同じ柄、同じ色、おそらく同じゼロハチゼロうんぬん、どちらもストラップはついていないから外見だけではちがいない、シルバーに電光の時計が埋められた無機質な携帯電話。僕のものでは、ない。待ち受けはイヌの画像だった。飼っているといっていたからたぶんそれなのだろう。どうしてですかと諦め半分聞けば、やはり吉田氏は携帯ショップで見つけて気に入ったからだとてきとうな理由をのらりくらりと言った。本当のことをいっているようにはまるで聞こえなかった。


おかしいと、はっきり意識したのは吉田氏が僕とおなじ、時計を身につけていたのを目にしたときだ。
腕時計、限定生産のランボルギーニ。大学を出たときに父が買い与えたそれは数も少なく、そう簡単に手に入る代物ではないはずだった。他のものはかろうじて、偶然で片付けられたがここまでそろってはなにかがおかしい。

原稿を渡すからと吉田氏を呼んだその日、僕はなぜそんなことをするのかとうとう、強い姿勢で、聞いた。
吉田氏は封筒を抱えたまましばらく黙っていたが、べつにいいだろと、ぽつりと、言った。

「よくないですよ、吉田氏、なんで、」
「ああそうだ今週はずいぶんはやく上がったから、ご褒美をあげよう平丸くん」
「なにいって、…!」

そっと、僕の背後、作業机の上に原稿を置いた吉田氏はそのまま僕の口を塞ぐ。ねっとりといつになく積極的な舌が割り込み、誘ってくる。こんな原始的な方法で誤魔化されてはいけない、机についた肘の先、二の腕をつかみ拒もうとしたが両脚を割って入ってきた吉田氏の身に狼狽する。腕時計をはめた手首が僕の首に回されひやりとした。口付けはおわらない。
耳を舐られ、自分から前をはだけられて裸身の白昼に晒されたときには、もう容量の少なく単純な僕のあたまには、質問をしなければという頑なな意志などどこにもなかった。ただ目の前の皮膚にしゃぶりつきたい欲望だけがむくむくと育って、堅い畳に押し倒した。小さな悲鳴みたいな声が耳にこだまする。吉田氏の押し殺した喉の音は、とても、もえた。

体位を変え何度となく交わり、すっかり快楽にとろけた顔を、下から突いて呼びもどした。胸を反らせ喘ぐ身体、腰を抱き寄せつかまえる。パサと黒髪が肩にかかりくすぐったかった。
ぐちゃぐちゃ、どろどろ、境目のわからない快楽のなか吉田氏が、或いは僕が、言った。

(きみのこと好きすぎて きみになってしまいそう)

背を伝った汗は何の為か知れぬ。ただ息を殺して僕らは、ひとつになった。もうどうでもよかった。

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タイトル&一節「きみのこと好きすぎて〜」アーバンギャルドより引用
ホラーを目指した。ちょっとでもわかってくれた人がいたら嬉しい
(おすすめしてくれたAさんありがとう!)


(20091011)