週に一度は酒を奢れと要求したら、じゃあ原稿が終わった日にしよう! とそれは楽しそうに担当の悪魔は抜かした。さいあくだ。吉田氏の背中になぜ黒い尻尾が生えていないのか理解しかねる。

しかし約束はそれなりに守る男で吉田氏は律儀に週一度、俺を飲み屋に連れていった。どんなに原稿の遅れた日でも、仕事で一睡もしていないらしい日でもかならず、吉田氏は俺のためにタクシーを呼んだ。だからなんとなく、週に一度のその日が俺は楽しみになった。(それは同時に締め切りでもあるわけだから素直によろこぶことなんて到底できないが)


けれど今日は締め切りの日だというのにめずらしく、担当からの電話はなかった。終わりそうなのかと確認の電話は昨日まで日を置かずかかってきていたしうるさいメールも届いていたのに、今日になってからパタリと、携帯電話は止まった。仕事用に持たされた携帯、連絡してくるのは吉田氏だけだ。吉田氏からかかってこなければただの置物になる。白い無機質な置物は無言で、机の上に寝そべっていた。横には描きあがった原稿がある。

今日は(べつに吉田氏と飲むのが嬉しいわけじゃないが、)いつもより早めに仕事の終わった日で、俺は担当から連絡が来るのを机の前に座って待っていた。・・のに、

(なんで、連絡して、こない・・!)

普段はうるさいくらい、ストーカーのように追い掛け回して俺をいたぶるくせにどうしてこう、人がきちんと仕事を終えた日に限って連絡してこない!(新手の嫌がらせか!)

固いたたみの上、膝を抱えてずっと座っていたらいいかげん腰が疲れてきた。日が沈み差しこむ夕陽が月明かりに変わる。時間だけがじりじりと経っていく。午後七時、過ぎてようやく、携帯は鳴った。机揺らす突然の振動にびくりとしてから手を伸ばす。開口一番に文句を言ってやろうと思いながら通話ボタンを押すと、電話に出たのは知らない声だった。

吉田氏が風邪を引いてダウンしているので、自分が原稿をとりにいくと、相田と名乗る男は言った。いつもの軽い口調のくせにやけに重圧のある「平丸くん調子はどうかな」を想像していた俺は一気に気がぬけて、しばらく返事ができなかった。すこししてようやく状況が呑み込めた俺が無意識に言ったことばは、吉田氏じゃないといやだ、だった。むこうで焦った声が聞こえていたような気がしたが、いつのまにか通話は切れていた。


ふて寝していたらしかった。そういえば原稿が終わるまでほとんど寝ていなかったのだから眠くて当たり前だ。目が覚めるとなぜか毛布がかけられていた。重い目をこすって身を起こすと、すぐそばに吉田氏がいた。おどろきにしばらく言葉が出てこず、何度かまばたきをする。起きた俺の第一声は、『なんでいる』よく考えたらなんだかまぬけだった。

吉田氏はコートを着込み、赤い顔でマスクをしていた。そういえば風邪だと言っていたのを思い出す。目が合った吉田氏はしゃがみ、目だけで小さく笑った。

「だって平丸くん、俺じゃないといやなんだろう?」
「! それで、わざわざ来たのか?」
「ああ」

短く返事をしてごほごほと、吉田氏はせきこんだ。俺は慌てた。

「か、風邪、ひどいのか! ねつ、熱は、」
「大丈夫だよ四十度はない、でも平丸くんに移しちゃ、わるいと思って、」

声は千切れそうに掠れていた。俺は吉田氏にわがままを言ったのを、初めて後悔した。表情にもそれが出ていたのだろう、こんなときだというのに吉田氏はぽんぽんと俺の頭を軽くたたき、気にしてないからと言う。そうして机の上の原稿をとり、今週もお疲れさま、じゃあもらっていくからと、吉田氏はよろよろ立ち上がる。コートの裾をつかんだ。

「吉田氏、俺も行く」
「え? いいよ持っていくだけだから、・・風邪が移ってもこまるしね」
「いやだ行かせろ、じゃないと来週は書かない」

しょうがないなあと吉田氏は笑った。

「そんな心配そうな顔されたらついてくるななんていえないじゃないか」


(し、心配なんて、していない・・!)


++++
吉平は公式だと思ってる
平丸かわいいよハアハア
タイトルはこっこより


(2009.0704)