ホラー+パラレル注意


平丸くんが俺に相談事をした。隣人がなんだか気味がわるいのだという。なぜだと問うたら先日小さな穴をみつけたと答える。

穴? なんのことだ? 壁に穴が空いているのです、覗いたら向こうの殺風景な部屋が見えた。老朽化か何かじゃないのかい、あのアパートもう古いだろう。それにしたって十センチもある壁に小さな穴など空くもんですか、吉田氏なんだか僕怖いですよ。そうかそんなに云うなら部屋を越そう、貯金もう大分貯まっているだろう、六本木あたりお洒落でもてるぞ平丸くん。そ、それがいいかもしれませんね吉田氏、やっぱり吉田氏に相談してよかった! ハハ、いい物件も調べておいてやるから安心するといい。はい、吉田氏。

平丸くんがふたたび俺に相談事をした。物が最近よく無くなるのだという。なにがと問うたらなんでもと答える。

なんでも? たとえば? たとえばボールペンとかハンカチとか、些細なものから気に入りのネクタイ、それに下着までいろいろですよ。なんだって?ただ単に君がなくしただけなんじゃないのか? そんなはずありません家中探したし、それにネクタイとかそう簡単になくなるもんじゃないでしょう。そうかそんなに云うなら俺が君の家に越そう、それなら心配ないだろう、部屋を一室空けておきたまえ平丸くん。そ、そうですねじゃあお願いします、最近起きたときに目覚まし時計までなくなっていたので怖かったんです、吉田氏が来てくれるんならようやく落ち着いて眠れるな。ハハ、そんなに思い詰めていたならもっと早く言ってくれたらよかったのに。そうですよね、またなにかあったら吉田氏にすぐ相談しよう。

平丸くんがみたび俺に相談事をした。自分の部屋が見張られている気がするのだという。なぜだと問うたら部屋のそこここでカメラらしきものを見つけたという。

カメラ? 一体全体どういうことだい? しばらくわからなかったが窓の隅やら棚の中やら、そこかしこに小さいレンズがあったのです、なにかと思ってつまんだら壊れてしまい気がついた。本当にカメラだったのかい、つまめる程小さいんなら他のものかもわからないよ。いいえ吉田氏あれはどう見てもカメラです、僕はどうやら誰かに監視されているように思えてならない、ねえ吉田氏僕は本当に怖くて最近もはや一睡もできていないですよ。そうかそんなに云うなら俺の部屋に来たらいい、仮に誰かが君を見張っているとして、そばにやってきたとしても俺が一番に守ってやれるだろう? そ、そうですね吉田氏、それが一番安全に思えてきた、どうしてもっと早くそうしなかったんだろう、吉田氏の隣が一番安心に決まっているのに僕という奴は。ハハ、これからはもうなにも心配する必要ないのだからいいじゃないか。はい、吉田氏。


そうして四度目は相談ではなく詰問だった。血相変えて帰ってきた平丸くんは居間のソファに寝転ぶ俺の襟首つかんで揺さぶった。吉田氏どういうことですふざけるな、裏切ったのか、唾を飛ばして詰るから、落ち着いてよ平丸くん、野生動物の頭を撫ぜる。いくらか息切れのおさまった平丸くんはしかし俺を睨みつけると声を尖らせた。

「どういうことです、すべてあなただったのですか、ねえ吉田氏はっきり言ったらどうなんです!」
「すべてって…なんのことだい平丸くん、順を追って話してごらん?」

カアと頬を赤らめた平丸くんは苛立ちを抑えるようにすこしずつ話す。昨日前のアパートの大家から電話がかかってきたこと、壁の修繕の件で以前の自宅を訪れたこと、そこで初めて隣人について聞いたこと。大家は隣に住んでいるのはあなたもよく知っている人で、吉田さんという人だからあなたか吉田さんどちらかで修繕して欲しいと言った、どういうことです吉田氏。話すうちに語気の強まる背中をゆっくりとさすってやる。俺の腹に馬乗りになった平丸くんの手を引き身体傾かせ、そっと顔を寄せた。

「平丸くん、どうしてそんなに怒っているの? 俺を嫌いになった?」
「き、嫌いとかそういう問題ではないあんたはどこかおかしいんだ、大家に頼み込んで隣室に上げてもらったがあちこちに置かれたテープの山には僕の部屋が映っていたし失くなった私物だって全部あの部屋にあった、それに覚えのない隠し撮りまで…っ!」

鼻水やら、涙やら唾やらが顔にかかる。平丸くんは最早咽び泣いていた。吉田氏なぜです、なぜこんなことをしたのです、僕を追い詰めるのがそんなに楽しかったのか、ぐずぐずになりながら平丸くんが言葉を投げつける。悲痛な薄い唇を、そっと、ふさいでやった。

「よし、だ、し…」
「平丸くん、自分でも言っていたじゃないか」
「え…?」
「俺のそばにいるの、一番安心なんだろう?」
「そ、それは、でも、」
「俺もそうなんだよ、平丸くん」

急いだせいで乱れた黒髪そっと、指で梳いてやる。平丸くんは不安げに俺を見つめていた。笑いかけてやる。

「俺もだよ、平丸くん。平丸くんのそばにいるのが一番安心なんだ。俺たちはいつだって一番近くでなきゃならない、だからこうしたんだ、わかるよね? 平丸くん」
「…吉田氏、僕は、どうしたら…」

迷いの浮かぶ瞳にキスをする。瞼を舌でなぞるとやわらかな睫が震え、毎夜抱いてやった身体はおとなしく俺の腕に包まれた。吐息がひどく近い。最早そこに俺への不信はなかった。

大切に見守っていた平丸くん、ようやく俺のものになった。

(ずうっとずうっと大切にしてあげるね)



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久々にホラーしたくなった
ホラー書いてるときが一番楽しい


(2011.1117)