R18 やってるだけ
平丸が誘い受してる



平丸くんが身体を横たえる。薄汚れたシーツが乱雑に引き伸ばされ悲鳴を上げているように見えた。終わったら洗濯してやらねばなるまい、そう思いながら丸の二つ重なった蛍光灯をひとつ消した。橙の暗闇が六畳一間を照らす。

目の上に右腕をのせ、平丸くんは薄い胸を上下させている。表情が見えなくとも疲れきっているのはわかっていた。ついさっきまで彼にとっては地獄の19ページに身を落としていたところだ。このまま疲労に身を任せ眠ってくれたらいいものをと思うが傲慢なマンガ家はこういうときばかりそうしない。手の先についてる顔など気にしないから下の処理をしろなどと申す。もう幾度目になるか忘れてしまった行為に最早躊躇もない。足の間に膝をつき、さっさと終わらせて原稿を持ち帰ることしか頭にはない。スラックスの前を開けブリーフに手を伸ばした。布越しに刺激してやって汚れそうになったら取り出し最後はティッシュで押さえてやる。毎度それだけだ。安易な童貞はすぐにいってしまうからそれほど難しいことではない。くるんでゴミ箱に捨てて洗面所に走りハンドソープを洗い流せば記憶もすぐに流る。たいしたことではない。

白い布地を親指で擦る。平丸くんの喉がごくりと上下する。布から伝わる湿気や熱にはまだ気づかないふりをする。吐息が不意に詰まってはやり過ごすように吐き出される。胸の上下がしだいに大きくなる。俺は頭の中で素数を数えはじめる。

左手がもどかしそうに何度もシーツをバシバシたたくのであまり見ないようにしてそれを取り出す。顔をそむけてつづきをする。アパートの薄い壁の向こうでは夕焼けチャイムの音がする。よいこはおうちにかえりましょう。夕陽も落ちない健全な時間に俺たちはなにをしているのだろうと笑ってやりたい気分になった。平丸くんの太腿が持ち上がる。どこまで数えたか忘れた素数をてきとうな場所からまたはじめる。むずがるように俺を蹴る足を左手と右足で押さえつける。

童貞がいく。性欲を拭いて投げ捨てる。ああ終わった。立ち上がろうとする俺の足をしかし平丸くんがつかむ。なんだ平丸まだ俺に用事があるのか。見下ろせばめずらしく夢想の世界から両目をもどした男と視線が合う。いつもなら俺の手を自分好みの女性のそれにでも置き換えて愉しんでいるくせに今日はどうした。目線で問えばまだかすかに息を乱した平丸くんがいう。アンタいい加減僕を抱いたらどうなんだ。うろたえた。なにを言ってる俺はホモじゃない。反駁すれば平丸くんは鼻で笑う。

「ふん、ホモでなくとも欲情しているくせに」

知っているんですよ僕がここで賢者タイムに浸ってるあいだアンタが洗面所でしゃがみこんでること。なにげなく口を滑らせる平丸くんに黙れと言ってやりたかった。言わなかったのは、そうすれば図星だと自ら主張することに他ならないと思ったからだ。

とかく部屋を出ようとするのに平丸くんの握力は存外強く許されない。困ったことになったぞ、と思った。平丸くんはあいかわらずにやにや笑っているだけでなにもいわない。逃げることはむずかしいなとしかたなく腰を下ろす。あぐらをかいて膝に肘をついた。目の前で萎れた男からは視線をそらす。左足首はやはりつかまれている。君はホモだったのか。聞いてみた。そんなわけないじゃないですか女性が大好きです。当然の答えが返ってくる。

「じゃあなんでまた抱けなんて」
「吉田氏がいつも僕にしながらつらそうにしてるので譲ってあげたんじゃないですか」
「そりゃ俺だってこんなことしたくない、眉間に皺も寄るさ」
「膨らんでるくせに」
「!」

空いた足で突然触れられ背筋が粟立った。くそ、痛いところを突くな、前かがみになってその腹を押さえつけると平丸くんは愉快そうに笑う。ほらたってる。(黙れこの童貞。人が今までどれだけ自分を押さえ込んでたと思ってる)理性の留め金を引きちぎったのは俺でなくこのバカでだから俺はわるくない。

何度となく頭の中で抱いた男をその日初めて現実世界で俺は抱いた。



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原稿合間にカッとなって書いた。なにがしたかったのかわからない
(2011.0507)