一本や二本なら止めないが、一晩で箱が半分も空いていると担当ストップをかける。寝ぼけ眼の作家はすこし面倒くさそうに、煙草を持った手を小さく振って、いやだと仕草。喋るのも億劫そうにまた、口にくわえる。ため息をついた。

「朝ごはん買ってきたから、ほら、平丸くん」

コンビニの袋、散らばった机のペンやらをどけて置いたが、布団からは微塵も動かず興味なさそうにもうもうと、煙を吐き出していた。血色の悪い手首、くしゃくしゃのシャツの袖からのぞく、ひどく細い。

「君ただでさえ身体によくない生活してるんだから、せめて食事くらいはさ、」
「ふん、僕の健康を気遣おうっていうなら漫画家なんて今日限り辞めさせてくれればいい」
「あーもうまたそういうことばっかり。だだこねてないで、食べてくれないとそれ以上細くなると俺も困るんだから」
「べつに僕が痩せこけようと吉田氏にはなんにも関係ないだろう」
「だってあんまり細いと骨が当たって痛いじゃないか」

一瞬、きょとんとしていたがぴくりと肩を揺らした平丸くんはふいと目をそらす。畳、無造作に置かれた灰皿に燃えかすを落としながらそっけなく言った。

「だったらそこらの女でも抱けばいい。僕で我慢する必要ないだろう」
「・・・だから君はなんでそういうことをすぐ言うんだい、かわいいなあ」
「っ! ぼ、僕は吉田氏のすぐそういうことを言うところが、嫌いだ・・!」

煙草の火が燃え移ったよう、赤い頬に口元がゆるんだ。


彼が煙草を吸うのは、俺に止めてほしいからだ。
というか、禁煙という大義名分を持ったキスをして欲しいからだ。きっと、灰が多ければそれと同じだけ抑圧のキスがもらえると思っている。だから進んで、鉛色の皿に灰を積み重ねていく。

同様、強くないくせに飲んで酔っ払うのは、酒の勢いという建て前をつくって俺と寝たいからだ。とろんとした目をして肩に腕を回され、赤い顔で見上げていれば望むことがしてもらえるとわかっている。

彼はそういったことだけは、決して口に出して要求したりはしなかった。
普段はなにが食いたい飲みたい、働きたくない休載させろもういやだいやだと滝のように雪崩のように要求を垂れ流すくせに、キスしろ、抱けとたったの一言、一言がいえない彼はずるいと思う。(そんなことが恥ずかしいのかと、うっかりときめいてしまうじゃないか、癪だ)

そうして霞のような苛立ちを覚えながら俺は今日も呆れた顔を取り繕って、しゃがみこむとその有害物質を薄い唇から奪うのだ。ついでに唇も奪いながら。
鉄の灰皿にぐいと押しつけて放り、細いあごをつかむ。ん、ん、短い声が背筋をぞくりと撫でた。口腔はなぞればヤニの味がする。起きだしたところなのにまた、白いシーツに胸を倒す。太腿に跨った。

「ああちょうどいい、動けばお腹も空くよね? うーん我ながら名案だ」
「う、うるさいへんたい、」
「うん、ご自由にお呼びください俺にこうされるのが大好きな、変態先生」

笑い混じりに言葉投げ捨て、身をかがめて手首つかまえ、舌を絡めながらうっすら目を開けると平丸くんはもう恍惚の海に揺れていた。

(あれ、いいのか平丸くん? 今日は飲んでいないのにね。・・・ああもうそんなこともわからないか)


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意地を張った福田にかわいくないなあと言うのが雄二郎
意地を張った平丸にかわいいなあと言うのが吉田氏
格のちがいです


(2009.0723)