(ただれた話なので注意してください)




空気の停滞したガード下を出ると、袖に入り込む春の夜はいささか冷たい。首に巻きついた腕はかすかに震え、そっと身を寄せた。細い腰を抱きなおすとしゃくりあげて、肩にかかる黒髪がサラリと揺れた。酒臭い。さむい、ぽそりと平丸くんはつぶやいた。白いシャツの上から何度かさすってやると、身じろぎをして嫌そうな顔をする。人の親切には嫌な顔を返すのが礼儀だと思っている男なのだ。

呆れて車道に目をやった。いくらか通りはあれど週末の深夜、空車のタクシーはしばらく探したのに見つからなかった。

「う・・吉田氏、トイレ」
「だからあそこでやめとけって言っただろう」
「せっかく吉田氏の金で飲めるのに、飲まないわけがないだろう」
「こら自信満々に言うんじゃない」
「・・・吉田氏、漏れる」
「我慢して」
「無理だ・・」

犬のように腰を押し付けてくるのに舌打ちする。(ああもうそんな、泣きそうな顔をするんじゃないこの酔っ払いが!)まったく馬鹿犬の躾は手が掛かる。周りを見回したが(平丸くんが遅くまで飲んだせいで)駅はもう閉まっていたし、歩いている内に飲み屋からはすこし離れていた。と、角を曲がったところで公園が見つかった。酔っ払いの脇の下に手をしっかりと回して歩かせる。ああ千鳥足の、赤子よりも遅いこと。

律儀に入り口に回る暇もなく草を踏んで、白い建物を一直線に目指す。夜目にも薄汚れた公衆便所、個室に押し込んだ。ドアを閉めて切れ掛かった蛍光灯の下、タイルにもたれて待った。ちょろちょろと水音が聞こえた後、飲みすぎたのか、いくらか吐いたようだった。嗚咽が小さく聞こえた。口元を押さえながら平丸くんはのろのろと出てきて、ぽすりと俺に倒れこむ。そうして俺を見上げたとろんとした顔、蛍光灯に眩しそうに、歪む。近づいた唇を拒まずにいればゆっくりと舌を差し入れ、平丸くんは抱きついた。口内に広がる独特の胃液の味に喉が詰まる。思わず舌先を噛むと、びくりと身を離す。嫌悪が顔に浮かぶのがわかった。

「うわ、平丸くん、きもちわるい」
「・・俺だけ、気持ち悪いのは、しゃくだ」
「だからって俺まで巻き込むなよな、この酔っ払い」
「んん・・・よしだ、し・・ねむい」
「俺はこんなところに泊まるのは嫌だからな、ほらさっさと歩け」
「ううー・・」

纏わりついてくる重みを引きずって歩く。公園の反対側に出ると大通りにぶつかった。ここならすこし待てば、タクシーくらいはくるだろう。信号の横、酔っ払いを抱えて立った。付き合いに多少飲んだ酒、今ごろ効いて、いくらか頭痛がする。俺よりもずっと世界がぐるぐる回っている男が隣で嘆いた。

「あー・・もうだめだ・・・タクシーはこない、来週の原稿もきっと終わらない、もう、地球は明日滅びるにちがいないよ、よしだし、」
「いや滅びないからね平丸くん」
「俺の地球は滅びる・・」
「わかったわかったじゃあ俺が救ってやるから」
「・・・・・よしだしのばかめ、」
「なんでさ」
「・・・ときめいたじゃないか」
「ああそうですか。あ、あー、タクシー来た、空いてる」
「う・・あるけない、抱っこしろ」
「・・・来週は絶対飲みに連れて行かないからな」


(飲み代は身体で払えよこのろくでなし作家)


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吉平はもうただれた関係でいいべとおもってる
今週号ですべてが決まってしまった、嗚呼



(2009.0728)