めずらしい時間だった。午前二時にインターフォンなんてふつう、鳴るものじゃない。なんだなんだとのぞき穴越しに見れば吉田氏が立っている。鍵が閉まっているのを確認して、踵を返した。(ああ貴重な睡眠時間が三分も削られてしまった早く寝よう! これはわるい夢にちがいない!)

そうして自室にもどって布団にもぐりこんで一度寝返りを打つと、また、鳴った。すこし間を置いて、もう一度。そして連打になった。眠るどころの騒ぎじゃなかった。うっとおしさに掛け布団を跳ね除けてずんずんと部屋を出る。近所迷惑だ! 開けるなり叫んでやるぞと心に決めて、玄関の鍵を開けた。ガチャリ、音立てた瞬間にふわりとドアは、勝手に開いた。え、と思ったときにはするりと長身が入り込んで月明かりの差し込んだのも刹那、視界はあっという間に覆われていた。

キスされた、気がついたのは、しばらく経ってからだった。わけが、わからず、呆然と、立ち尽くしていたがそのうちやっと膝の力が抜けて、かくん、床にへたりこむ。尻を打った。じわりと、痛かった。カクカクと首を上げれば目が合ってやっと、僕の声はしゃべるということを思い出した。

「・・・・・吉田氏、酔っているのか」

返事はなく、日頃鬼のような形相の担当は、ふにゃりと笑っただけだった。


重い身体とキスされたショックを引きずって、とにかく居間に上げる。玄関先で人が倒れているのはどうにも居心地がよくないものだ。

畳の上に寝かせてとりあえず水を持ってこようと立ち上がると、くるぶしをつかまれた。ふりかえる。酔った目が見上げていた。

「平丸くん、俺を安心させろ」
「! それは、僕の言うことだ、吉田氏はいつも言われる側じゃないですか、」
「はは、だからたまには言ってみたくて」

だめだ、相当に酔っている。普段は酒に強くてほとんど酔わない男だから、相当な量を飲んだのだろう。やっぱり水をと思ったのに、縋る手を引き離すのはなぜかできなくてしかたなく、その場に座り込んだ。

冬の過ぎ去ったとはいえ春の夜はまだ冷えて、腕を伸ばして放ってあった上着をとり、肩からかけた。(まったくなんで僕がこんなこと、)泥酔した担当は呂律の回らない口で、平丸くんの匂いがする、とひとこと言った。いらっとした。

すこしのあいだ横にいると、調子に乗った酔っ払いはもぞもぞと、僕の膝に頭をのせた。

「あ・・・いい。ひざまくらって、なんか、落ち着くよね」
「僕はちっとも落ち着かないですがというか日頃吉田氏のせいで寝不足なので一刻も早く寝たいですが」
「うん、そうか」

そうかじゃない! 苛々したが目を瞑った、妙に幸せそうな顔、窓から差しこむ光に見えてしまってやはり正座は崩せない。完全に眠りから覚めてしまった頭で僕は聞いた。

「吉田氏、なんでわざわざ僕の家に? 自分の家に帰ればいいでしょう」
「ああ・・・平丸くんに、会いたくなって」
「! な、何言ってるんですかきもちわるい」
「ん・・俺が会いにくるのは迷惑か?」
「あ、当たり前だ! 迷惑にきまって、・・・」

断言、しようとしたのにできなかった。酒にとろんとした目は赤く幼く、服の裾をつかむ力はひどく脆弱で、それ以上責める気力を失わせる。僕が言葉を失うと吉田氏はにこりと笑った。

「迷惑じゃ、ないよな?」
「・・っ・・・う、うるさい! 酔っ払いはとっとと寝ろ!」
「平丸くんはほんとにかわいいなあ」
「っいう相手が間違っている! そういうのは可愛らしい女性に、」
「だって、ほんとうに、かわいいんだから、しかたないじゃないか。俺は、手のかかる子ほど、世話したくなるんだよ」

ぎゅうう、腕が伸び腰を横抱きにして、臍のあたりに顔が押し付けられた。いらいら、苛々した。

「嘘に決まっている、もし可愛いと思うならもっと優しく接してくれればいいじゃないですか」
「厳しくするのは、俺なりの、愛情表現なんだけど、そうか・・・伝わってないのか、がっかりだ・・」
「え・・・」

それは本当か吉田氏、聞き返したが、返事はなかった。頭、ひっぺがしてみれば眠っていた。(この・・・! 酔っているときまで人の質問から逃げるのか・・!)

腹立ち紛れに起こしてやろうかとも思ったけれど目の下のくまを見つけてしまってはそれもできなかった。

結局引き剥がすことも起こすこともできないまま、寝た。変な姿勢で寝たから翌日腰痛がひどかった。そして吉田氏は起きたらすべて忘れていた。なにしてるの平丸くんほら朝ごはんは俺が口に放り込んであげるから原稿を描くんだ! 殴りたくなった。


(一瞬でもほだされかけた僕が馬鹿だった!)


++++
デレ吉さん^^
たまに酔うとすごくかわいいよ


(2009.0805)