吉田氏がとってもサドの人です
苦手な人は、よまないでね



帰宅、鍵を閉めスニーカーを脱いで上がる。鞄は廊下に放りすぐ右手の洗面所で手を洗ってうがいを済ませ、再び、廊下に出たときに気がついた。

洗面所の向かい、微かに開いたドアの向こうには出て行ったときと変わらぬ黒が流れている。

キイと大きく開けて、俺は寝室に足を踏み入れた。左の壁際、朝新しく替えたシーツにはだらり、変わらぬ体勢でうずくまっている。着せ直したシャツはくしゃくしゃによれ、寝癖のひどい黒髪は乱雑に散っていた。(あのさあせめて、ズボンまでとは言わないからさ、パンツは履きなよさすがにまったくだらしのない)俺の気配に、ゆっくりと平丸くんは両目の上に置いていた左手、はなして、こっちを見た。

「帰ってなかったの、」
「…立てなかったんですよ、だれかのせいで」
「ふうん、そう。俺メシ食ったら寝るから、ベッド空けてよね」
「タクシー代出してくださいよ」
「なんだまたひどくされたいのか」

抑揚もなくそう言うとひくり、口元を引きつらせ平丸くんが喉の上下でつばを呑み込んだことが知れる。いくらか怯えているのかもしれなかった。昨日の夜はことさらに、酷くしたから身体の節々、痛みがまだ、残っているのだろう。そういえば細い手首にはサスペンダーで、きつく繋いだ跡がくっきりと残っていた。しばらく消えないかもしれないが、どうだってよかった。

「だって君がわるいんだよ、俺が行くなというのにまた、他の先生のところに行っただろう」
「だ、だからって、立てなくなるまで、乱暴しなくたって、」
「俺だって一方的に乱暴したわけじゃない、きみも満更嫌そうじゃなかったしね」
「なっ! ち、ちが、っけふ、」

否定しようとした声はしゃがれ咳に飲みこまれ消えた。何時間も喘がされたせいで掠れたのだろう。むせて細い眼の端、うっすら涙を浮かべているのを見て、俺は踵を返した。


リビングの冷蔵庫からミネラルウォーター500ml。持ってきて平丸くんの顔の真上、キャップをキシリと開けた。眺めていた双眸、物欲しげにしていたからプラスチックをゆっくりと傾け、びちゃびちゃと、零してやった。水はおどろいた平丸くんの鼻に入り口を満たし、おそらく気道に詰まって激しくむせる。ほとんど飲み込めては、いないようだった。シーツを伝ってフローリング、ぼたぼたと濡らす。

ぽたり、最後の一滴落ちるころにはシーツは揺らめいて波打ち、床にはしずかな湖面がひとつ。

「汚れちゃったじゃないか、平丸くんのせいだぞ」
「っう、げふ、…は、ぁ、どうみたって、吉田氏、の…」
「俺が、なに?」

立ったまま見下ろし、問うと、平丸くんは悔しそうに、苦々しい面持ちで歯を、食いしばった。終わらない反抗期。駄犬のくせに。

「水が飲みたかったんだろう、ほら、舐めろよ平丸くん」
「な、にを、」
「うるさいな黙って従えばいい」

ぐしゃり片手で首をつかみ床に、重い頭を。反射的に腕が抗い床に衝突する前、フローリングに手をついて、踏みとどまる。けれど許さず頬を踏んで、押し付けるとぐぎゃ、と、小さなうめきが足元聞こえた。足の裏、踏みつけたままでいると観念したのかぴちゃぴちゃと、舐め取る音が骨越しに伝った。足蹴にされ忠実に舌を這わせる様見下し背筋上るぞくりとした感覚にうすく笑いながら、俺は言った。

「さ、平丸くんもっとお飲み」


水を遣る。
まるで植物を育てるように、じわじわと内から染み込ませ従順の具現にする過程が面白い。俺がいなければ生きていけないようになったらどんなにかいいだろう。そうしたらもう、他の先生の元に逃げ込むことも、ない。俺の作った見えない小屋の中、身を丸め平丸くんはただ俺の言うことを聞く。

(――だが本当に、文句ひとつ言わない犬にして楽しいか?)

ふと浮かんだ疑問に首を傾げていると踏みつけた頭がのそりと揺れる。赤い目は鋭く、薄暗い光を放っていた。

「…吉田氏、調子に乗るなよ」

大丈夫その日はきっとひどく遠い、駄犬を見下ろし俺は笑った。
ひどく、気分がよかった。


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平吉はあはあと言いながらドSな吉田にももえるんだ
反省は特にしていない



(2009.0916)