時間を殺していた。
煙草を吸ったのはひまつぶしになるから。暇つぶしというのは最高に美しく時間を殺す方法だ。
酒を飲んだのは酔えば時計が早回しになるから。実に即効性の高い殺し方だ。

つまらない人生は何千何万回も時計回してあるときぷつりと止まって終わるものと思っていた。生まれてこの方彼女もなし、これといった趣味や特技もなし、貯金だってそれほどあるわけでなし、そして最後に夢と希望もなし。あるのは平日の疲れとなにをしていいかわからない土日だけ。外に出る気力もなくうっすらひげを伸ばして終わる四十八時間、そして憂鬱な平日の訪れ。

僕は月曜日というのがいけないと思う。じつにけしからんシステムだ。ジャンプはなぜ月曜日に発売される? なぜ月曜日の電車の網棚に放置される? 週明け最初の外回りに疲れたサラリーマンがうっかりそれを手に取りこれなら僕にも描けそうだと勢いで退職願を出してしまったらどう責任をとるつもりだ。週刊連載作家として職を与えることは責任をとるという行為には決して該当しないぞと罵ってみたが吉田氏は「週明けのジャンプは全国の少年の希望なんだよさあ描くんだ平丸くん」といつもの調子で返すだけ、担当に僕の切実が届いたためしなど一度もない。

そうだおそらく月曜日もいけなかったが、最もいけないのはやはり吉田氏この男だろう。僕をジャンプに召し上げてからはこちらのものとばかり、ビシリバシリと僕をこき使う鬼畜漢。今だって馬車馬のように人を働かせながら自分はソファで優雅にコーヒーなど飲んでいる。(今日はささやかな嫌がらせとして砂糖をすこし多めに入れてやった。いつか訪れる糖尿に恐れおののくがいい。この前自分で砂糖を足すのを見たからとか、そういうわけではない)この男のせいで僕の時間は倍、いやもしかしたら三倍速くらいになってしまっただろう。今は時間があってもあっても追いつかない。ガリガリガリガリGペンで下書きをなぞるだけであっという間に時計がまわり、それをのっけた地球がまわって一日が終わっていく。膨大に在った土日がひどく懐かしい。今では土日という概念自体が廃止された。すくなくとも吉田氏の頭にはそんなものはない。あったら連載作家の僕をもっともーっと丁寧に扱うにちがいないからだ。

とかく僕の時間は減った。殺さずとも勝手にむこうが逃げていく。追うひまがあったらむしろ寝たい。僕は殺し屋失格だ。

煙草はひまつぶしになど吸わなくなった。一本をいかに長く大切に味わうかが問題になった。一日一本なら吉田氏は不満げであったがゆるしてくれた。

原稿明けだけ許可の下りる酒はおどろくほど旨くなった。貯金だけは溜まっていいものが買えるようになったせいもあるが飲みながらぐちぐち言う相手ができたのもあるだろう。(その相手というのが今のところ吉田氏というのが少々残念なのだが今に年下の可愛い彼女をみつけてやるのだとおもっている)

僕はもう時間を殺せなくなったがかわりに(一応)マンガを描くという特技、使い道を未だ思い悩む程度の貯金、それから長い休みとかわいい彼女が欲しいという希望ができた。引退後の余生はそれなりに、まあそれなりにやっていけると思う。

そうして引退した身に鞭打ってはたらかせる吉田氏の声は今日も厳しい。

「平丸くんさっさと描いてよコーヒーがおいしかったからもう一杯分の時間は待ってあげるけど」



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タイトルがだせえ
だせえけどなんか好きってあるよね

(2011.0515)