(七年はやく、生まれたかった)



来週はもっと早く書いてよね、いつもとおなじようなことをぶつぶつ言いながら吉田氏の指が原稿をトントンと机の上まとめる。布団にだらり、寝転びはあとかうーんだとか、煮え切らない返事をしながら、目はその手だけを追っていた。

関節の骨張ったごつごつした手、よくはたらく忙しい両手。僕の家にいるあいだはもっぱらその右手、僕を追い立てること、細々した家事につかわれる。たとえるならきっと僕は右手の小指だ。働き者の人差し指に追従してしかたなく仕事をする右手の小指。

(でも本当は、左手の薬指がよかった)

十本ある指それぞれの、勇気だとかなんだとか、細かい象徴は覚えていないがシルバーリングのキラリ光る、左手の薬指の意味くらいは僕だって知っていた。

その場所には吉田氏の、最愛の奥さんが、いる。

揺らがない絶対の事実をその指にはめている吉田氏は、僕に対しては横柄な編集だが奥さんの前ではさすがに頭の上がらない、いい旦那さんらしい。この前たまたま電話で話しているのを聞いたかぎり、おそらく。ごめんね、なるべく早く帰るから。やけにうれしそうなその顔は今でもよく、覚えている。

右手の小指が左手の薬指に勝とうなんてそんなこと、思わない。
ただ、十五年八ヶ月、その春、僕がそこにいたら、大学で知り合ったというそのとき、僕が、そこにいたら。くだらない妄想が吉田氏のとなりにいる長い年月を思わせた。

本当は短すぎるほど短い、一年一ヶ月。



(2009.0916)