吉田受掌編集 (編集長、副編集長、相田順3編)

●編集長×吉田(R18
後処理が面倒だから中はやめてくれと言ったのに男は聞く耳持たず堂々と人の直腸に注ぎ込んでくれた。さいあくだ。出されたことがじゃない、まあ過ぎてしまったことだしもういいかと思ってしまっている、自分自身がさいあくなのだ。俺の胸に手を付き身を起こした編集長は汗にずれた眼鏡を直し、それから見下ろして俺の腹をゆっくりと撫ぜると満足そうに低く笑った。今日はもう終わりにしてくださいよ、いい年なんだから。俺は言ったが、要求が受け入れられることなどほとんどないのは知っていた。突っ込んだままの腰がふたたび律動を始める。

受け入れられないと知っていてわざと要求をつきつける俺も、けっきょく、同類なのだろう。背中に腕を回すと眼鏡が落ちてきて鼻にぶつかり、すこしだけ、笑った。




●副編集長×吉田
瓶子先輩、とは、最近めっきり呼んでくれなくなった。新人のぺーぺーの頃はまだかわい…くはなかったか。なかった。吉田が可愛かった瞬間など一度もなかった。

思い返してみれば瓶子「先輩」とわざわざつけるときはいつも不機嫌そうににらみつけていたような気がする。(あれは…イヤミ、だったのか…後で会ったらねちねち言ってやろう…)今だってもう一時間も人のことを待たせているじゃないか。すぐ着くというので先に始めていた一人酒ももう三本目だ。酔いの回ってきた頭を床に倒すとちょうど携帯が鳴った。手を伸ばして机の上の振動を手探り、つまみの袋を倒してようやくつかまえる。メールだった。今日いけません。吉田のメールはいつも短い。そうか、とだけ返して閉じた。居間の床はひやりとして火照った身体には心地よく、間接照明のつくるやわらかな闇は眠るにちょうどいい。眼鏡を外して机に起き、ベルトを軽く緩めて目を瞑った。

一本空いた頃から、来ないことくらいわかっていた。十年近い付き合いになる俺だ。吉田は今頃奥さんの待つ宅にいそいそと彼らしい早足で向かっているところだろう。生意気な。俺より先に結婚とは、まったく生意気な。せいぜい今日は早かったわねと喜ぶ嫁さんの笑顔にでも鼻の下を伸ばせ。

堅い床で寝返りを打つともう一度携帯が鳴る。吉田からだろう、多分すみませんだとか、かたちだけの謝辞が一行に決まっている。そしてわるいなどとは一ミリも思っていないにちがいない。

べつによかった。家庭ができようがなんだろうが、吉田が本当にへこんだときに泣きついてくるのはこの俺だ。他班にも関わらずまめに面倒をみてやった俺だけを、吉田は先輩と呼んだ。片眉をつり上げて、不機嫌そうに、先輩と。あの声にそう呼ばれるのを思い出すだけで笑いがこみ上げてくる。今では二人きりのときだけ使われる俺の呼び名。今夜は、使われなくて済んで、よかった。

(めずらしく仕事でミスしてへこんでいたが、自宅に帰れるくらい元気が出たんなら、それが、一番いい)

慰め役の俺は気楽な独り身に関してはベテランだから、可愛くない後輩が来ない夜だってすすり泣かず、ぐっすり眠ることができるのだから。



●相田×吉田
肩をほぐして立ち上がり、目線で誘うと吉田はため息をついてジャンパーを羽織った。深夜の編集部内の空気は重く淀んでおり、気にする者は誰もいない。連れ立ってエレベータを降りた。裏の玄関を出ると春はまだはるか遠く思えた。ツンと冷える鼻先を手で覆いながら近くのラーメン屋の春季限定ラインナップを思い出すとすこしあったかくなる。今食い物のこと考えてるだろ、横を歩く吉田がわざわざつっこむ。うるさいと突っぱねると笑われた。

深夜の買出し、最寄のコンビニまでは徒歩五分。俺より足の長い吉田は同じ距離を本来なら倍の速さであるく。それなのに並んで歩くときは黙って歩調を合わせてくれたりするので、こいつはそういうところがもてるんだろうなと思う。(奥さん、美人だし)だから夜食を買いに行くときはたいてい吉田をつれに誘う。

信号をひとつ渡った先のampm、俺が定番のカップ麺をつかみ新作デザートに迷う横で吉田は素っ気もへったくれもなくいつも無糖コーヒー1本。しかし今日はようすがちがった。吉田は自動ドアの開くなりスタスタと弁当売り場の奥、デザートコーナーまで歩いて行ったのでおどろいて続く。あの吉田幸司が真剣にプリンを両手にわしづかみ悩んでいたので思わず写メった。おいなにしてんだよと怒られるので慌てて携帯を後ろ手に隠す。大丈夫、お前がやわらかプリンとふにゃふにゃプリンどっちを買うか真剣に悩んでいたことなんて口の軽い雄二郎にしかメールしたりしないから。

俺が自分の分のやわらかプリンをひとつ手に取ると、横目で見た吉田はぽつりと言った。この前おまえがうまそうに食べてたから気になったんだよ。一瞬、思考がとまった。動き出した時間、ふりむくと吉田は心を決めたようで俺とおなじパッケージを手に残してもう一方を売り場に置くとレジまでさっさと歩いていく。俺は手の中のやわらかプリンを見つめ、それからそっと売り場にもどされたふにゃふにゃプリンと交換した。一口、いや二口くらいなら分けてやってもいいかなと思った。

写真は雄二郎の目に触れるにはもったいないのでフォルダに保存することにした。



(2011.0322)