コージィは引き攣った悲鳴を上げました。足元には割れた鏡が一枚、無残に切り刻まれ横たわっていました。夜、窓辺でギターを弾いていたコージィが転調しようとした瞬間、勢いで楽器をぶつけ、壊してしまったのです。ビーフラットのかわりに響いた鏡の絶叫、コージィはひどく慌てて、ギターを放りました。

かかっていた壁から石の床に突き落とされたコージィの頭とおなじくらいの大きさの鏡の残骸は、大胆に切り取られた窓のむこう、不穏に走る雲をとらえ、そうして月明かりの下どこかうらめしげに、コージィの顔を切り刻みます。破片に反射するじぶんの顔を見て、コージィはひどく動揺しました。頬は切断され目はつぎはぎのよう、醜い、醜いじぶんがそこには映っていたのです。

いますぐ、鏡をなおさなければ、コージィはおもいました。たしか地下の倉庫には工具があったはずです。塔の天辺、自分の部屋を出て螺旋階段をくだり、コージィは走ります。途中、鏡の道にいくらか迷いながらも走り、薄暗い地下倉庫になんとかたどりつき、工具の入った木の箱を両手で抱え、部屋にもどります。

二度目の悲劇のあったのは、螺旋階段をのぼりはじめて、すぐのことでした。急いでいたコージィは木の箱の角をぶつけ、壁にかけてあったランプを割ってしまったのです。ランプは街の職人エイジにつくらせた一品で、側面を覆う六角形の、三面にガラス、のこり三面に鏡の埋め込まれたうつくしい細工物でした。

キィィエエ! 塔いっぱいにコージィの声が響き渡ります。木箱を抱え、コージィはしゃがみこみます。頭のなかは恐怖でいっぱいです。こわくてこわくて、たまりません。一枚鏡を割りました、直そうとしてもう一枚、割ってしまいました。今度はもう一枚、割ってしまうかもしれません。そのうちお城の鏡はぜんぶ、なくなってしまうかもしれません。コージィにはとうてい、耐えられません。

どうしたらいい、どうしたらいい、すくない知恵を振り絞ってコージィはかんがえます。そうしてふと、思いつきました。立ち上がり、ああなんてすばらしい思いつきだろう、さすがは僕! とじぶんを賞賛し、部屋にむかおうとした足はくるりと引き返し、二階の、王座の間へ走ります。鏡はもう割らないように、薄闇のなか、よく、気をつけました。

王座の上に木箱を置くと、コージィはお城中から大きな鏡を選んであつめました。手先は器用な方でした。黒い手袋をはめた長い指、躍らせるようにしてコージィは、カンカンと釘を打ちました。

夜が白むころ、それは出来上がりました。一辺、コージィより頭ひとつ背の高い立方体の、鏡の箱、コージィの考えた、鏡の部屋です。この部屋のなかにいれば、もう鏡の割れる心配をすることもありません。そして、三百六十度、じぶんの美貌を堪能することができます。二度と外から開けられないよう、上辺を木工用ボンドで止めて、満足したコージィは横たわりひとみを閉じました。部屋の中は寝るのによい暗さで、夢の中に落ちるのにそう時間はかかりませんでした。

反対に、夢から朝の明けるのには、すこし、時間がかかりました。なぜって、鏡の部屋は、真っ暗だったからです。密室で窓もなく、一寸の隙間もないようつくった立方体、明かりのあるはずがありません。どうりで、眠りやすかったわけです。目を覚ましたコージィは、そのことに気がついて絶望しました。真っ暗闇では、もう、じぶんの顔をみることもかないません。唯一にして最大の、コージィの誤算でした。ずうっとじぶんをみつめるためにつくった部屋は、一生じぶんをみることのできない部屋だったのです。

コージィは泣きました。キィィエエキィィエエ、泣きました。喉が枯れるまで泣きました。だんだん意識がうすらいできました。完全な密室はコージィから、鏡だけでなく空気も、すこしずつ、奪っていたのです。泣きつづけてあるときぷつり、コージィの世界は、途切れました。


目が覚めて、コージィはまぶしさに、おもわず目を覆いました。それから頭上のシャンデリアに気がついて、あれ、と上体を起こします。ところどころにヒリと痛みがはしり、顔をしかめました。よく見るとしろい肌のそこここに、赤が散っています。一体どうしたのだろうとあたりをみまわすと、壊れた鏡の部屋の残骸と、それから、血まみれで横たわる男が目に、はいりました。ひっ、とあとずさり、それからその男がじぶんの兄であることに、気がつきます。慌てて、駆け寄りました。

「兄さん? 兄さん、どうしたの、」

返事はありません。身体中から血をながし、兄は切れ切れの息をしていました。鏡の部屋の残骸と兄を見比べて、コージィはようやくわかりました。おそらく兄が、じぶんをたすけたのです。そのために兄はいま、赤い呼吸を、くりかえしているのです。

コージィは立ち上がりました。裸足には破片が突き刺さります。痛みに眉根をよせながら、コージィはガラスを、引き抜きました。一歩、二歩、痛みに堪え踏み出しそうして、走りました。ぼたぼたと血を垂らしながら疾走、鏡の迷路に迷走、走って、はしって、そうしてコージィは、うまれてはじめて、鏡の城を、出ました。





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