表の大門を出ると幾度目かの朝が昇るところでした。白い日は青草を照らしどこかでは鳥が鳴き、一日のはじまりの歓喜を歌っています。真新しい世界にすこしおびえながら、コージィは、意を決し、外の世界へ、踏み出しました。

城下を行き、街の数人に聞いて医者を捜し出しました。街外れの白い一階建て、風評はあまりよくありませんがだれもがその腕を認める天才医師、平丸の病院です。ガンガンガン、何度もドアをたたき医者を呼びます。しばらくしてドアは、ゆっくりと、ひらかれました。薄汚れた白衣を着た血色と姿勢のわるい男が隈のひどい目をこすりながら顔を出します。

「うるさいな…何の御用」
「兄さんが血まみれで倒れてる! はやく来てくれ医者!」

平丸はそれを聞くなりドアを引こうとしました。コージィはドアノブを両手で引いて応戦します。

「なっんっで…! し、め、る…!」
「男に興味はないからだ。まったく朝からたちのわるい、」
「ぅくっ、ほ、褒美なら、いくらでも、出すから!」
「褒美?」

平丸はようやく話を聞く気になったのか、腕の力を弱めます。反動でコージィは、地面に派手に、しりもちをついてしまいました。平丸はしゃがみ膝をついて、コージィの顎を持ち上げます。コージィはじぶん以外の手がその身体に触れるなんてと、嫌悪を抱きましたが医者はこの男しか知りません、唇をふるわせながら屈辱に耐えていると、平丸はく、とわらいます。

「そうかこの顔、噂に聞く鏡の城の王と見受ける」
「っ、だ、だったらなんだ、そうだ、王様の命令だ、だから、」
「褒美はいくらでもといいましたね、うちの病院は先払い制なんだ今お代をいただこう」
「えっ、」

そういわれてもコージィは身ひとつで飛び出してきてしまいました。お金はまったく持っていません。どうしたものかといっしょうけんめいかんがえていると、医者の手はコージィの腰に、伸びました。黒いタンクトップの下、肌理のこまかい肌を骨張った指が這い、コージィは息を呑みました。

「な、な、なにを…!」
「見たところ王様はいま金貨を持っていないらしい。なら、身体で払っていただくしかありませんね。これだけきれいな顔なら僕も勃つし」
「! へっ、変態! だいたい、こんな、こんな場所で…!」

日頃、じぶんの顔に興奮しているコージィだってじゅうぶん同じような人間なのですが、混乱しているコージィにはそんなことを考える余裕はありません。玄関の小さな階段に膝をつきコージィの白い肌を凝視しながら、平丸はすべらかな脇腹を撫ぜました。

「大丈夫こんなに早く来る健康な患者はいません。それに青姦僕がもえますから」

特別料金で、一回でいいです。言うなり医者はコージィのタンクトップをめくりあげました。あらわになった絹のような肌ににやけながら、その鎖骨に首をうずめます。コージィはねっとりと舌の這う嫌悪とどうしていいかわからない混乱で動けずにいました。不埒な指があばらを弄び、吐息が顎をかすめ、微かな快感に太腿を震わせコージィが絶望に打ち破られそうになったそのとき不意に、ガン! と、すぐそばで重い音が響き、コージィは慌てて両耳をおさえました。キィン、耳鳴りが襲うなか、平丸が、くたりとコージィの肩に頭あずけました。力の抜けた身体にふと顔を上げるとフライパンを持ったナースが、玄関に立っています。眉根に崖の谷間のような深い皺を刻んだ白衣の天使は医者を足蹴にして、毒を吐きました。

「まったく、あれほど患者に手を出すなと言っただろうこの変態が」

ほら、起きろ。ナースシューズが腹を蹴ります。うぐ、呻いた医者はよろよろと起き上がり、ナースを見て青ざめました。

「お、おはようございます吉田氏、今日もたいへんよい天気で、」
「黙れ変態さっさと患者から離れろ」
「……はい」

すこし名残惜しそうにコージィから手を離し、平丸は立ち上がりました。吉田氏と呼ばれたナースがその横をスッととおり、フライパンを持っていないほうの手をコージィに差し出します。コージィは助けられて立ち上がりました。そうしてハッと気がつき、これこれこういう事情でと、兄のことを説明します。吉田氏は急いで医者の尻をたたき、外出の準備をしました。


コージィは朝の道を急ぎ城にもどり、出てきたときに落とした血の跡をたよりに一本道、王座の間へふたりを案内しました。 医者の腕は、たしかに本物でした。素早く応急処置をした平丸は吉田氏に救急箱を押し付けそっと兄の身体を持ち上げると、落ち着いて治療の必要があるといい、ゆっくりと揺らさぬよう、兄の身体を医院まで運びました。コージィは傷だらけの兄に震えながら、そのあとにつづきました。

吉田氏と治療室にとじこもった平丸は数時間後、部屋を出てきました。長い廊下で長いときを待ったコージィは、いつのまにか痺れていたお尻をさすりながら立ち上がり、見上げます。疲れにふらふらした平丸は、すまない、とひとことだけ、つぶやきました。どういうことだと問い詰めると、平丸は黙って部屋の中を指さしました。コージィは慌てて飛び込みます。臍の高さほどの手術台の上、肩をゆっくりと上下させ眠る兄の吐息はつづいていましたがそのしろくうつくしい右頬には、消えぬ、傷跡が一線、のこっていたのです。コージィはじぶんと違わぬはずだった兄の顔を見て、ああ、と恐怖しました。兄は、じぶんとちがうものになってしまった、僕を、たすけたばかりに、兄はあんなにじぶんの顔を愛していたのにと、コージィは戦慄します。あやうく倒れそうになったコージィを、部屋にのこっていた吉田氏が支えました。

「…できるかぎりのことは、したんだが…すまない、」

立ち尽くすコージィは、なにも、いえませんでした。




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